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プロフィール

如月東子

Author:如月東子
C’est l’enfance de l’art.へようこそ。
(セ・ランファンス・ドゥ・ラール)

昔から絵を見るのが好きで、美術系の大学に行き「美術史」などを少し勉強しました。

その後、美術とは関係ないお仕事についたけど、美術について、普通の人よりはちょっぴりだけ多く考えてきました(多分)。

そんな私が、これまで美術鑑賞をするなかで気づいたこと・感じたこと・考えてきたことの中には、美術をもっと楽しみたいと思ってる人に、なにかヒントになることがあるかもしれません。

美術鑑賞の記録を中心に、美術館などの紹介や鑑賞の役に立つ情報などを載せていければ、と思います。

皆さんのお役に立てれば幸いです☆

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旧イタリア大使館別荘@日光(その2)

こんにちは如月東子です。

栃木県日光市の中禅寺湖畔、
旧イタリア大使館別荘訪問記のつづきです。

本邸前面

(前回の記事はこちら↓)
http://kisaraghitouko.blog.fc2.com/blog-entry-91.html


【建築家アントニン・レーモンドという人】

この建物を設計したのは、
アントニン・レーモンド(Antonin Raymond)という
建築家です。

レーモンドは、1888年、
当時はハプスブルク帝国のもとにあった
チェコスロバキアに生まれました。

プラハ工科大学で建築の教育を受けた後、
アメリカに渡り、カス・ギルバートの事務所に入ります。
フランク・ロイド・ライトのもとで働いた後、
ニューヨークで独立します。

その後、日本で帝国ホテル建設の任にあたっていた
フランク・ロイド・ライトの招きに応じて
1919年来日し、その後は戦争中の一時期をのぞき、
その活躍の場を日本に見出しました。

ジョサイア・コンドルと並び、
「日本近代建築の父」とも称されるそうですが、
一般には、コンドルやライトほど知られた名前ではないような気がします。


レーモンドが日本の建築に与えた影響もさることながら、
レーモンドは、本当に日本の建築を愛し、
そこから大きな影響を受けた建築家でもありました。

過去の踏襲と慣習のみが支配する20世紀初頭のヨーロッパから、
自由で新しい建築を求めてアメリカに渡ったレーモンドは、
そこにヨーロッパの亜流を発見して失望します。
そのレーモンドが理想の建築を見出したのが日本でした。


レーモンドは日本に来たときの驚きをこのように述べています。

私が日本にやってきたころ、つまり今から40年前の日本の民家には
驚くべき綜合が、そして完全さがあったものです。それは世界に類を
見ないものでした。家は大地から生えてきたキノコか樹木のように、
自然で真実な姿をみせていました。内的機能に全く忠実で、構造体は
全て堂々と外側に表現され、構造体自身が仕上げを兼ねているばかり
でなく、それが唯一の装飾でもあるのです。そこに使われている材料
はすべて真の職人、真の芸術家である職人の手によって選ばれ、細工
された自然のままの素材なのです。建物の内外を問わず、すべては簡
潔で直裁で、機能的で、しかも経済的です。
(『現代日本建築家全集1』(1971年 三一書房)p.154-155)



レーモンドの建築史は、
当初、ロイドら西洋近代の合理的建築の強い影響を受けながらも、
日本の伝統的な建築に学びながら、やがて、
みずからの考える「建築美」を実現していった軌跡でした。


第2次世界大戦中アメリカに戻ったレーモンドは、
建築界において、
バウハウス哲学に基づいた合理主義が席巻しているのを見出します。
そしてそれに反発します。

バウハウスの建築といえば、
「簡潔で」「機能的」なイメージがありますが、
それはレーモンドの理想とはかけ離れたものでした。

たしかに私もバウハウス建築の展示を見たことがありますが、
論理的・画一的な設計に違和感を感じたのは確かです。
(十把一絡げにしてはいけませんが、)
バウハウスの家は、かっこいいかもしれないけど、
ひとことで言って「住みづらそう」。

レーモンドの合理性は、そうではなくて、
「構造と機能に主眼をおき、外側から内側へではなく、
内側から外側へ向かってゆく設計態度」

(前掲書 p.154)

理論・観念ありきの建築をレーモンドは嫌ったのです。


構造のシンプルさ、素材そのままの美しさ、
機能がそのまま装飾であること。
使いやすい空間、自然環境の取り込み、
そして職人に対する信頼。
それらは、イタリア大使館別荘をみるとすべてわかります。


日本建築の中に「何か絶対的な理念」を見出したレーモンドは、
それをこのように表現しました。

「最も簡潔にして直截、機能的にして経済的、
かつ自然なるもののみが真に完き美を有する」

(前掲書 p.155)



・・・そのように美しかった日本の建築。
翻って現代の建築状況を考えると残念な気持ちにならざるを得ません。
かつての日本建築のうちに
建築のイデアすら見出したレーモンドの理念は、
現代の日本の建築を批判的に照射しているようにも思えます。


1976年まで生きたレーモンドは、
日本で数多くの建築を残していきました。

それは、個人の住宅をはじめとして、
教会や病院、各国大使館、
そして複合的な建築群としての大学の設計にまで及びます。

霊南坂に建てた自宅、
リーダーズ・ダイジェスト東京支部などの
画期的で名高い建築はすでに現存しませんが、
聖パウロカトリック教会http://www.karuizawa-stpaul.org/
聖オルバン教会http://www.nskk.org/tokyo/church/oruban/oruban.htm
東京ゴルフ倶楽部クラブハウスhttp://www.shiraishi-ken.co.jp/887
群馬音楽センターhttp://www.takasaki-bs.jp/center/ongaku_center.pdf
南山大学東京女子大学星薬科大学そのほかの大学など、
様々なところにレーモンドの名を見出せます。

彼の作品リストを眺める中に、
私自身の出身校の名を発見し、
あらためてその作品の幅広さと身近さを実感しました。



【国際避暑地 NIKKO】


旧イタリア大使館別荘には小さな副邸があり、
こちらも外観と内装の一部が再現されています。
その中は現在「国際避暑地歴史館」となっており、
「国際避暑地」であった日光を紹介する
パネル展示やビデオなどを見ることができます。

副邸


日光に行くと、
確かに海外からの観光客と思しき人たちの姿を
数多く見受けます。

バスに乗っても、
英語、韓国語、中国語の案内が流れますし、
日光は現在でも確かに「国際的」観光地といえると思います。


でも、日光がかつて「国際避暑地」として、
多くの駐日外国人達が交流の場としていたことを
知っている人は多くはないのではないでしょうか?

明治から昭和初期にかけて、
中禅寺湖畔は東京からの外国人達の避暑地として
栄えていたというのです。

イギリスの外交官をつとめたアーネスト・サトウ
実業家のトーマス・グラバー(長崎グラバー邸が有名)が別荘を建て、
釣りや登山などを楽しんだそうです。
特にグラバーは、湯ノ湖・湯の川に
カワマス(それまでは日本にいなかったよう)を放流し、
日本にイギリス式の釣りを伝えた人。
奥日光は「日本フライフィッシングの聖地」とも言われます。

その後、昭和初期にいたるまで、
中禅寺湖畔には各国の外交官が別荘を持ち、避暑に訪れたため、
「夏は外務省が日光に移る」とまで言われたそうです。

ヨットも盛んで、
毎年夏には中禅寺湖でヨット大会が開かれたほか、
大使もちょっとした移動には、ヨットを利用したといいます。


イタリア大使館のほかにも
当時の繁栄を中禅寺湖を囲むように点在する建物群があります。

復元された「中禅寺湖畔ボートハウス」、
現在は、公園として整備されている
グラバーの別荘「西六番園地」には、
当時の煙突が残り、かつての姿を偲ぶことができます。

また、現在進行中のプロジェクトとして、
旧イギリス大使館別荘(かつてのA.サトウの別荘)を
復原する工事が進んでいて、
来年にも公開されるようです。
イギリス大使館別荘は、イタリア大使館別荘のすぐ隣ですから、
今後はあわせて楽しめそうですね。


現在も歌が浜の手前には、
現役のフランス大使館別荘、ベルギー大使館別荘が
その瀟洒な姿をのぞかせていました。
(見学は不可)


***


帰り際には、中禅寺湖の由来にもなった
中禅寺に立ち寄りました。

中禅寺

奈良時代創建の古いお寺で、立木観音が有名。
なんと土に根付いたまま彫られ、
現在も根が土に埋まっているという千手観音です。


「中禅寺湖温泉」のバス停までに戻り、
さらにそのまま5〜10分ほど歩くと華厳の滝。
観瀑体験も久しぶりです。

華厳の滝


1泊2日の日光旅行。
よく歩きました・・・!

これから紅葉の季節。
日光旅行を考えている方も多いかもしれません。
その機会には、
ぜひ旧イタリア大使館別荘にまで足を伸ばしてみてくださいね。


【旧イタリア大使館別荘へのルート】

東武日光駅→(バス約40分)→中禅寺湖バス停
→(徒歩約1時間)→旧イタリア大使館別荘
→(徒歩約30〜40分)→中禅寺
→(徒歩約20分〜30分)→中禅寺湖バス停
→(徒歩約10分)→華厳の滝
→(バス約40分)→東武日光駅


旧イタリア大使館別荘
開園期間:4月1日~11月30日
開館時間(本邸及び歴史館の利用)
4~6月、9~11月:午前9時から午後4時
7~8月:午前9時から午後5時
TEL 0288-55-0880 (日光自然博物館)
http://www.nikko-kankou.org/spot/117/(日光旅ナビ)
http://www.nikko-nsm.co.jp/building/italia(日光自然博物館)





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旧イタリア大使館別荘@日光(その1)

こんにちは如月東子です。


今回は、栃木県の日光市、
中禅寺湖畔に佇む旧イタリア大使館別荘訪問記。

その建築家アントニン・レーモンドについても
少し調べてみました。


【東京から日光へ(電車)】

私が訪れたのは9月の第1週目。

その次の週には、栃木県や茨城県に大雨が降りました。
日光市も大変な被害を受けたようですが、
その後、復旧は進んでいるでしょうか・・・?


さて、出発当日の朝の11時、
青春18切符を片手に東京都内を出発。
鈍行を乗り継いで、
午後の2時過ぎにJR日光駅に到着。
(ちなみに、青春18切符で行くよりも
東武線の方が運賃は安いようです。)


ホテルに荷物を預けて、東照宮へ。
多分、小学生以来です。

二荒山神社の境内ざっと見て、
東照宮の中へ足を踏み入れました。


当時は気がつきませんでしたが、
五千余りあるという建築彫刻のみごとさは、
やはり並のものではありません。

教養がなくてわかりませんが、
それぞれの彫像に故事や物語的背景があり、
象徴的意味に満ちあふれています。

東照宮内宮


江戸時代になると仏像彫刻は魅力が薄れるような気がしますが、
建築に付随する彫刻の凄さは増すような気がしますね。
(例えば、「波の伊八」など。)

東照宮内は、ゆっくり見て回って、1時間半くらい。
輪王寺や東照宮宝物館などは、残念ながら今回は見送りました。



【日光駅〜中禅寺湖畔(バス)→徒歩】

さて翌日、
東武日光駅前を8時半頃に出発するバスに乗り、
中禅寺湖へ向かいました。

いろは坂を揺られて、40〜50分ほどで、
「中禅寺温泉」という停留所終点に着きます。


2〜3分歩くと中禅寺湖。

中禅寺湖


男体山に至るのであろう二荒山神社の大鳥居をあとに、
湖に沿って2㎞強ほどのところに、
お目当てのイタリア大使館別荘はあります。


7〜8月の間は「半月山行」というバスが出ていて、
別荘前までバスがつれて行ってくれるようなのですが、
9月以降は運休。
車がなければ、歩いて行くほかはありません。
また、車で行けるのも、途中までです。
道は舗装されていて歩きにくいことはありませんが、
歩くのが苦手な方は、すこし大変かもしれません。

幸いよく晴れた日でしたが、湖から吹き付ける風は冷たく、
手持ちの上着を着込んで風をしのぎつつ、
ほとんどひとっこ一人いない道をひたすら歩きました。


「愛染かつら」で有名な中禅寺の佇む歌が浜から、
「イタリア大使館記念公園」のエリアに入ります。
車道の横に、遊歩道的な道が出来ています。

イタリア大使館別荘記念公園遊歩道


右手に打ち寄せる波の音を聞きながら、
さらにずんずん歩いて行くと、道は林の中に。

ふと目の前を見ると、鹿が4頭ほど草を食んでいます。
野生の鹿でしょうか?
立派な角が生えていました。

鹿


小さな橋を渡ると、
右手に一群の建物がみえてきます。

それが旧イタリア大使館別荘本邸副邸です。


副邸は現在、国際避暑地だった日光についての資料館になっています。

副邸2


本邸は少し下がったところにあります。

本邸入口へ


建物内にはすぐには入らず、本邸の脇を通り、
その大きな煙突を眺めながら、湖の方に出て建物を眺めました。

本邸脇

デッキ


穏やかな形の山に囲まれた
澄んだコバルトブルーの穏やかな湖面、
白い砂利の浜。

湖2

湖 


そのほとりに石垣を積んで一段高く、
小さな木造2階建ての建物が建っています。

本邸前面

非常にシンプルな形の建物です。

でも、壁面には、
独特の格子状の模様が浮かび上がっています。
外側も内側もすべて杉皮に覆われている、
これがこの建物の大きな特徴なのです。

全面


【大使館別荘のなかみ】

しばらく外観を眺めた後、館の中に入ります。
入館は無料です。
ただ、保存のために、
任意の額(100円程度)の寄付をお願いされます。


一階入ってすぐは、応接の間。
イタリア生地のソファーがゆったりと置かれています。

応接


応接を真ん中に、明確な仕切りもなく、
右手に公務スペースの書斎、
左手に食堂があるのが面白い設計。

食堂

書斎


実は一階は、ほぼワンスペースでできています。

本邸のプラン


両端には、石造りの大きな暖炉がついていて、
威厳がありますが、
それ以外は非常に軽やかで自由度の高い空間。

この横長の長方形のスペースが、
全面ガラス窓になった広縁(広い縁側)につながり、
目の前の中禅寺湖の光景をそのまま部屋の中に取り込みます。

奥行きの狭い建物であり、しかも天井も低いですが、
部屋ごとの仕切りがない上に、窓が多くて明るい
心地よい空間です。

非常にシンプルな構造ですが、
単調にならないのは、
壁や天井にはふんだんに使われた杉皮のせいでしょう。

市松張り、網代張り、矢羽張りなど、
杉皮のさまざまな編み方がみられます。
縦半分に割られた竹が、アクセントになります。

書斎天井 食堂天井a

応接天井

このひとつの素材によって生み出される多様な模様によって、
本来なら平板な空間のはずですが、
変化にとんだ、リズミカルな印象を与えます。

大きく3つに分かれたスペースごとに
壁や天井の模様が変化するので、
全体としてはオープンな一つのスペースでありながら、
立つ場所によって異なった空間感が醸し出されています。


アンチーム(親密)さと開放感と、
一種の礼儀正しい正確さが共存したユニークな空間。


写真撮影自由、
ソファー等にも座ることができます。
このままずっといて、ゆっくり本でも読んでいたい気持ちになります。


***


さて、2階。
こちらはほぼ完全にプライベートな空間です。


大きく4部屋に分かれています。
湖側に3部屋、大使の寝室や子供部屋など、
ベッドや鏡台やクローゼットの置かれた部屋が並びます。

それぞれの部屋は、
ベッドカヴァーや、カーテン、家具の色などによって、
「青の部屋」「ピンクの部屋」などと呼ばれていたそうです。
現在も、それぞれの部屋の名前に合わせた色合いの
小さな花柄のカーテン等がかかっていて、
当時をしのばせます。

二階ピンク

二階青大使の部屋


それにしても戦前のゆがんだガラスっていいですよね。
(写真だとあまり分かりませんが…)
ゆがんだガラス


***


もう一室は湖と反対側に設けられた「休憩室」。
奥行きは2メートルもないくらいに思えましたが、
こちらも窓が大きく取られ、
林の緑がほどよい陰りを提供しています。


ところで実は、本建物は、建築当時のものではありません。
昭和3(1928)年に建てられたのち、
平成9年まで実際に歴代イタリア大使が使用していたそうですが、
かなりの老朽化から解体され、
なるべくもとの状態を保った形で復原されたものです。

2階の個室のうち2室、そして休憩室は、
さわらなど栃木産の木材が使用されていますが、
それは復原時には杉皮を全室に使うのが
難しかったからのようです。

往時は、2階も全て杉皮で覆われていたのです。
今となっては実現がほぼ不可能な
貴重な建物です。


色々な細部も楽しいですよ。

錠(ねずみ) 錠(ベスト) 錠(鳳凰)
雨戸 木のサッシ


***


さて、建物には上記のようなメインの部屋以外に、
観光地となるにあたって設置されたと思われる部分もあります。

caffe como(カッフェ・コーモ)という喫茶スペースがある、
と事前に調べていましたが、
喫茶店というよりは、
お土産売り場で飲み物を購入し、
飲食可能な一室で飲むことができるというもの。
メインとなるような食べ物などはないようですので、
おなかは別の所で満たしていきましょう。

なお、このお土産売り場は
かつてのキッチンだった場所だそうです。

最後に・・・、
お手洗いは、完全に現代風の設備ですが、
壁や天井はやはり美しい杉皮張り。
おみのがしなく。


次回は、
この建物を設計したアントニン・レーモンドについて、
そして国際避暑地であった日光について書いていきます。


旧イタリア大使館別荘
開園期間:4月1日~11月30日
開館時間(本邸及び歴史館の利用)
4~6月、9~11月:午前9時から午後4時
7~8月:午前9時から午後5時
TEL 0288-55-0880 (日光自然博物館)
http://www.nikko-kankou.org/spot/117/(日光旅ナビ)
http://www.nikko-nsm.co.jp/building/italia(日光自然博物館)




 
ココこんなとこ!印刷博物館(東京・文京区)


こんにちは如月東子です。

今日は、印刷博物館の紹介と感想です。


***


黄金にきらめくフライヤーが目にとまり、
ずいぶんお金のかかった印刷物だなあ、と思って
手に取ったのが
〈ヴァチカン教皇庁図書館展Ⅱ〜書物がひらくルネサンス〉
というタイトルの展覧会。

フライヤー3


開催しているのは印刷博物館

なんとなく、マイナーな閑散とした博物館を想像しつつ、
足を運んでみました。


***


後楽園駅からは20分程度は歩くでしょうか。
神田川沿いにしばらくいくと、
大きくTOPPANの文字の書かれたビルが見えてきます。

巨大なビルの麓につくと、印刷博物館の文字。

トッパン表

凸版印刷が、100周年記念事業として立ち上げたのが、
印刷博物館です。


ガラス張りのエントランスを入った奥に、
博物館の入口があります。

エントランス1

金属的な素材で様々な時代と地域の「版」を配置した壁面の前に、
象形文字の「見」をかたどった印刷博物館のロゴが、
まんまるな球体の上にのった不思議なオブジェ。
「見」のロゴがなかなかかわいい。


入口を入り、すぐ右手のエスカレーターで
降りたところがチケット売り場。
そこから展示会場に入ります。


入った左手にはVRシアターがあります。
「スーパーコンピューターを駆使した映像」
を上映しているとのこと。
最近、東京国立博物館などでたまに見られる
3Dの体感型映像ではないかと思います。

今回は、残念ながら時間がなくて見られませんでしたが、
私が行った際の上映作品は、
「ポンペイ 庭園の風景」「海のエジプト」
それぞれ30分程度で、交互に繰り返し上映されていました。
これは土日祝のみの上映のようです。


***


プロローグ的に様々な印刷物が展示されたスペースを抜けると、
今回の企画展示の会場へ。


思った以上に人が多い!


展覧会には、ヴァチカン教皇庁図書館所蔵の活版印刷本から、
聖書をはじめとして、
ルネサンス時代に人文主義者達に再発見され、
原文のまま、あるいは翻訳された
古代ギリシア・ローマの書物などの数々の貴重な書物が
一堂に会しています。


展覧会の下記の4部構成。

 第1部 祈りの救い
 第2部 古代の叡智
 第3部 近代の扉をひらく
 第4部 ヴァチカン貴重庫でみつけた日本・東アジア



美術史上「ルネサンス」と呼ばれる15世紀〜16世紀は、
活版印刷登場の時代でもあります。

「活版印刷」というと、
広く凸版による文字の印刷物全般を指すこともありますが、
ここでは、15世紀半ばに、
ヨハネス・グーテンベルクが発明した印刷の方法のこと
を呼ぶことにします。

26文字のアルファベットの1文字1文字を
凸型の金属棒に鋳造し、
それを自由に組み合わせて版下をつくる。
それにインクをのせて、
直接、紙に押し付け写し取る。

写本として一冊ずつ手で写し取られていた書物が、
活版印刷によって一気に大量に複製されることになりました。


この方法で、最初に出版されたのは聖書でした。

それまではラテン語で書かれ、
聖職者や、王侯貴族、一部の知識人だけのものであった聖書は、
各国語(「俗語」)に翻訳されていきます。

1462年出版の《48行聖書》(明星大学図書館蔵)ほか、
活版印刷最初期からの作品が並びます。

16世紀の宗教改革(Reformation)、
それに続く対抗宗教改革(Counter-Reformation)という
宗教運動にとって、
活版印刷がひとつの画期をなしたことは言うまでもありません。


活版印刷はまた、
場合によっては数世紀の間、修道院に写本の状態で眠っていた
ギリシア・ローマ時代のテキストを
広くヨーロッパ中に普及する役割を果たしました。
ヘロドトス、プリニウス、ウェルギリウス、キケロ、
ローマ法提要、幾何学原論、建築書…


活版印刷はさらに、古典古代の思想に影響を受けた
ユマニスト(人文主義者)達の考えを広めます。

ダンテの『神曲』には、
ボッティチェッリが銅版で挿絵を描き、
ルターの訳した新約聖書には
クラナハが絵をいれました。


ヴァティカンの豊富な資料の中から、
時代を表す書物を厳選して展示した展覧会。

本日、7月12日までの開催ですが、
この機会に是非ごらんください。


***


企画展示を見終わると、「総合展示ゾーン」へ。

ここでは、映像(動画)と実物を使い、
古今東西の「印刷」について
幅広い知識を得ることができます。

活版印刷機の横では、活版印刷制作の行程のヴィデオ、
日本の浮世絵の工房の様子とその制作方法、プロセスごとの作例、
印刷方法の種類、洋式の本の装丁の仕方…、
などなど。

ひとつひとつ見て行くと、
かなり勉強になると思います。


印刷工房「印刷の家」というブースでは、
一日に数回、ワークショップが行われていて、
活版印刷などの実体験ができるようです。
タイミングが合えば、ぜひやってみたいものですね。


***


企画盛りだくさんの文化スポット。
大きくはないけれど、施設が充実していて、
思った以上に人気のスポットのようです。

お子さんと訪れれば、
夏休みの自由研究のテーマがみつかりそう。
企画展示がない時期は、
大人300円、小学生以下無料で入館できます。
この夏、ぜひ足をお運びください。


印刷博物館
江戸川橋駅(最寄り)・飯田橋駅・後楽園駅(徒歩20分弱?)
午前10時~午後6時(入館は午後5時30分まで)
月曜休館
TEL 03-5840-2300
http://www.printing-museum.org/



〈ヴァチカン教皇庁図書館展Ⅱ〜書物がひらくルネサンス〉
期間: 2015年4月25日(土)~7月12日(日)
http://www.printing-museum.org/exhibition/temporary/150425/vc.html






 
ココこんなとこ! 〜白鶴美術館(神戸市・東灘区)〜

こんにちは如月東子です。

今日は、白鶴美術館の紹介と感想です。


***


白鶴美術館は、
日本酒メーカーである白鶴酒造の七代目
嘉納治兵衛(鶴翁)(1862-1951)が、
自ら蒐集した日本・中国の古美術品を
広く公開するために設立した美術館です。

昭和9年開館と言いますから、
私設美術館としてかなり伝統のあります。


私はJR住吉駅からバスで行きました。
海岸と並行に少し走ったバスは、すぐに左に曲がり、
住吉川沿いに六甲山へと登ります。
10分くらいで着きました。

帰り道は歩いてみましたが、
JR駅までは20分くらいあれば着きそうな感じです。
バスの待ち時間を考えると、歩いてもいいかもしれません。

ただし、行きは上り坂ですので、
鑑賞前に少しくたびれてしまわないようお気をつください。


美術館は山の手にありますが、
海のほうには、
阪神有数の酒どころである灘五郷がひかえています。
白鶴酒造の本社や酒蔵は現在も東灘区にあります。

あわせて灘の酒造めぐりもしたいものです。
http://www.feel-kobe.jp/model_course/012/
地図(PDF)
http://www.feel-kobe.jp/guidemap/data/nada_1.pdf
http://www.feel-kobe.jp/guidemap/data/nada_2.pdf


***


美術館は、本館
1995年に開館した新館に分かれています。

本館は巨石を配した堂々たる門構え。
白鶴美術館門


門をくぐると、
やはり巨石を中心とした枯山水風。
建物の立派さに驚きます。
白鶴美術館受付


建物に入り、受付をすませて中庭をのぞくと、
大きな八角灯籠を前に、
城の天守のような威厳ある建物が建っています。
美術品の展示がされている美術館本館です。
白鶴美術館本館


事務棟を含め、建物は和風ですが、
昭和9年築の鉄骨鉄筋コンクリート造だそうで、
国の登録有形文化財(建造物)に指定されています。


廊下を抜け、本館に入ります。
一面木の床で、
展示室天井は格天井という重厚なつくり。

展示スペースは、
1階に1室、
長い階段を登った2階に2室(1室は小さい)の全3室。

展示ケースの古さに、
美術館の歴史が感じられます。


展示スペースには出品目録がありませんので、
必要な方は、受付でいただいて下さい。


***


現在の本館の展覧会は、
〈仏教美術と中国陶磁〜愉快な鑑賞への誘い〜〉

白鶴美術館看板


【1階】
1階では中国陶磁を紹介します。
唐から明時代までのさまざまな陶磁器がみられますが、
中でも多く出ていたのは龍泉窯の青磁と天目茶碗。

とくに天目茶碗については、6つの実物を示しつつ、
天目茶碗の特徴について解説を加えてくれていて
非常にわかりやすく、ためになりました。

その他にも、
唐三彩の傑作といわれる《唐三彩鳳首瓶(とうさんさいほうしゅへい)》
景徳鎮の金襴手など、
ヴァラエティに富んだ作品がみられます。

沈南蘋などの絵画もあります。


【2階】
2階は仏教美術を展示します。

飛鳥時代の金工の作品から、江戸の絵画まで
幅広い仏教関連作品が並びます。

2階には軸をかける展示スペースがないためか、
掛け軸とおぼしき作品も、横におかれていたのは、
少し変わったやり方だと思います。


2階奥の部屋は、いわば「国宝室」。
国宝である奈良時代の下記の経典が見られます。
《賢愚経残巻》
http://bunka.nii.ac.jp/SearchDetail.do?heritageId=189296&isHighlight=true&pageId=30
《大般涅槃経集解》
http://bunka.nii.ac.jp/SearchDetail.do?heritageId=126157&isHighlight=true&pageId=30

重要文化財の狩野元信の金屏風は、
精密な複製が飾られています。
http://bunka.nii.ac.jp/SearchDetail.do?heritageId=126157&isHighlight=true&pageId=30


私が目を引かれたのは、《賢愚経残巻(甲巻)》

紙の白さが際立っています。
まるで、石膏下地をつくったような質感です。

そしてそこに表れる書の、
黒々とのびのびとした様子は、
私のように書がわからない人間にさえ、
雄大さを感じさせます。

〈正倉院展〉などでも感じたことでもありますが、
その当時これだけの密度をもった紙が作製され、
富と信仰と美意識をつぎこんで一字一句が編まれた上、
現代まで残されて、今、自分の眼前にあることに、
新鮮な驚きを感じます。


2階の展示物は頻繁に展示替えがあるようですので、
気に入った方は何度も訪れてみてください。


展覧会タイトルにあるような
「愉快な」紹介の仕方かわかりませんが、
確かな名品を存分に楽しめる展覧会であることに
間違いはありません。


鑑賞中ひとつ気になったのは、
展示室内が非常に寒かったことです。
古い建物のためか、空調があまりきいていないようでした。
春先(または秋口)におこしになる際は、
かなり厚着をしていくことをおススメします。


鑑賞をしていると、
美術館内を清かな音が聞こえてきます。
ふと目をやると、
山麓らしい地形に樹木が生え、
その下草から勢い良く水が走っていて、
しばらく疲れた目を癒してくれました。


***


新館は、本館の敷地をでて、すぐの別棟です。
こちらは一転、
コンクリうちっぱなしの四角いモダンな建物。
白鶴美術館新館

入口左右に、
満々と水をたたえた池があり、
ガラス張りの玄関スペースは
水族館のような不思議な空間です。


新館は、日本初のカーペット・ミュージアムとして、
オリエント絨毯コレクションを展示します。

現在の展覧会は、
〈ミフラーブ絨毯〜祈りと楽園の表現〜〉

鶴翁および白鶴美術館が集めた
ペルシア、トルコそして中央アジアの
礼拝用絨毯が展示されています。

ミフラーブとは、
モスクなどのなかにあるアーチ形の壁龕のことで、
今回の展覧会は、主に、
そのミフラーブをモチーフとした文様を持つ絨毯が
展示されています。

ムスリムの方は、
毎日数回メッカにむかって礼拝をされますが、
その際、足下には絨毯を敷いています。
絨毯は「清浄な空間を示す重要な道具」。
つまり、礼拝用絨毯は、持ち運びできる聖所なのです。

楽園のような光景が、
緻密に織りだされたウールの絨毯。
見事さに感嘆するとともに、思わず触りたくなりました!

20点以上が出展されていて、
見応えも十分です。


=白鶴美術館の評価ポイント=
★ 六甲山麓の閑静な場所
★ 登録有形文化財(建造物)指定の歴史的建造物
★ 2015年春期展本館では、国宝をはじめとする名品50点余が見られる。
  本展では、経典と中国陶磁器をみるべき
★ 作例に即し、かつ歴史を理解させてくれる解説○
★ 新館のオリエント絨毯コレクションを見られるのも珍しく貴重
★ 見て欲しいプラスの一品 《五彩魚藻文壷》



今はすでに遠くなった昭和(戦前?)な時間が感じられる美術館。
六甲山麓からの眺めを楽しみつつ、
名品の数々をご鑑賞いただきたいです。

ぜひ足をお運びください!

なお、阪急御影駅ちかくの香雪美術館までは15分ほど。
あわせてどうぞ。


白鶴美術館
阪神御影駅・JR住吉駅から市バスにて10分
阪急御影駅から徒歩15分
午前10時~午後4時30分(入館は午後4時まで)
月曜休館
TEL 078-851-6001 
http://www.hakutsuru-museum.org/


春季展
本館「仏教美術と中国陶磁〜愉快な鑑賞への誘い〜」
新館「ミフラーブ絨毯〜祈りと楽園の表現〜」
期間:2015年3月3日~6月7日
大人800円/65歳以上・高校大学生500円/小中学生250円
http://www.hakutsuru-museum.org/2015spring/index.shtml






 
ココこんなとこ! 〜相国寺承天閣美術館(京都市上京区)〜

こんにちは如月東子です。

今日は、相国寺承天閣美術館とその展覧会の感想です。


***


相国寺承天閣美術館は、
京都市上京区の美術館で、
相国寺の広大な境内の一画にあります。

承天閣美術館入口


相国寺は臨済宗の大本山。
創立者は足利義満
五山文学の中心地であり、
画僧の周文雪舟を輩出したのもこのお寺です。

相国寺とその塔頭が所有する宝を受託し、
保存、展示、研究調査、禅の普及などを目的として
1984年に開館したのがこの美術館。

金閣寺(鹿苑寺)銀閣寺(慈照寺)は、
このお寺の塔頭というのですから、
そこに伝わる寺宝の豊かさは想像するに余りあります。


展示室は2室なので
大きな美術館とは言えませんが、
とにかく見応えのある作品が目白押し。

通常の展覧会であれば、
メインになるような作品がいくつも並んでいます。


***


現在開催中の展覧会は、
〈花鳥画展ー室町・桃山・江戸・中国宮廷画壇の名品〉

花鳥画を集めていますが、
漆塗りの容器などの工芸品や仏像などの展示もあり、
全部で60点余りの作品が展示されています。


第一室には、丸山応挙が4点。
応挙は「写生派」といわれ、
描かれたもの自体は
それなりにリアリスティックな細かさがありますが、
どちらかというとデザイン的・装飾的に見えますね。
「写実的」=「三次元リアル」と言うわけではありません。
彼の《薔薇文鳥図》《朝顔図》の対幅など、
ちょっと色気のある装飾性が感じられます。

第一室には、
金閣寺境内にある茶室「夕佳亭」
再現されているのも見ることができます。


第二室は大きい部屋です。
二室に入ると、
常設展示の伊藤若冲作の障壁画
《鹿苑寺大書院旧障壁画「葡萄小禽図床貼付」》
おなじく《「月夜芭蕉図床貼付」》の2作品が、
向かい合ったガラスケースの中に収まっています。

その他にも、
中国は宋、元、明時代の貴重な作品はもちろん、
室町時代から江戸までの見事な作品が並びます。

長谷川等伯《竹林猿猴図》屏風も有名ですが、
私が特に惹かれたのは、
狩野直信(松栄)筆の《水辺花鳥図屏風》です。

狩野松栄は、狩野永徳のお父さん。
また、
狩野元信という、
狩野派の基礎を築いた偉大な2代目の息子です。

松栄はあまり目立たない人物のような気がしますが、
見ていてなんとも楽しい絵を描く人です。

今回の出品作には、
たくさんの種類の鳥達の
さまざまな姿態が描かれていますが、
その一匹一匹が生き生きしていた愛らしいこと。

元信の厳格さが少し緩み、
少し全体的に形態に丸みがあり、
構図はややこじんまりした感じで、
親密さを感じさせます。

永徳の豪快で自由な筆法は、
ときに少し間延びしたような印象を与えますが、
松栄はまだ抑制的。
それでもライブ感あふれる作風は、
この父にしてこの子あり、といった感じがします。

ぜひ注目していただきたい作品です。


***


美術館の窓から、小さな箱庭に枯山水が見えます。
ゆっくり見ていたら、
なにか禅的な気づきを得られるかもしれません。

承天閣美術館庭


一度足を運べば、
相国寺が、日本の芸術の支え手であったことが
よくわかる美術館。

感服しました!

おとなりの同志社大学
赤レンガづくりの素敵な建物もお見逃しなく。

京都に行かれた際は、
ぜひ足をお運びください。


相国寺承天閣美術館
午前10時~午後5時(入館は午後4時30分まで)
http://www.shokoku-ji.jp/j_nyukan.html

〈花鳥画展ー室町・桃山・江戸・中国宮廷画壇の名品ー〉
2014年10月4日~2015年3月22日【会期中無休】
http://www.shokoku-ji.jp/j_now.html


今日はこれぐらいで。
それではまた。






 
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