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プロフィール

如月東子

Author:如月東子
C’est l’enfance de l’art.へようこそ。
(セ・ランファンス・ドゥ・ラール)

昔から絵を見るのが好きで、美術系の大学に行き「美術史」などを少し勉強しました。

その後、美術とは関係ないお仕事についたけど、美術について、普通の人よりはちょっぴりだけ多く考えてきました(多分)。

そんな私が、これまで美術鑑賞をするなかで気づいたこと・感じたこと・考えてきたことの中には、美術をもっと楽しみたいと思ってる人に、なにかヒントになることがあるかもしれません。

美術鑑賞の記録を中心に、美術館などの紹介や鑑賞の役に立つ情報などを載せていければ、と思います。

皆さんのお役に立てれば幸いです☆

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ココこんなとこ! 〜茶道資料館(京都市上京区)〜

こんにちは如月東子です。

今日は、茶道資料館とその展覧会の感想です。

茶道資料館看板


***


茶道資料館は、
京都市上京区にある小さな美術館で、
裏千家センター内にあります。

裏千家センター

ひとつ通りを隔てた所には、
裏千家、表千家、武者小路千家などの本部があるようで、
「茶の湯」に縁が深い界隈のようです。


こちらの美術館は、
茶道修養のための資料館として1979年に開館。
茶道関係の膨大な資料を収蔵する
「今日庵文庫」が同所に併設されています。

展示室は2部屋ほど。

館内の呈茶所でチケットを展示すると、
お抹茶一服とお菓子を頂けるサービスがあります。

最初、「展示量に比してチケット代が高めかも…」
と思いましたが、
お茶を出して頂けるとなるとむしろかなりお得です。


***


現在開催中の展覧会は、
新春展〈茶箱を楽しむ〉Ⅱ期展示中。

「茶箱」とは、
野点や旅行などに携帯できるよう
茶道具一式を小さな箱に収めたもの。

14点の茶箱のほか羽箒や薬罐の展示があり、
Ⅰ〜Ⅲ期と展示替えがあります。

展示物はほとんど個人蔵のようですが、
まことに見事なもの。

大きくても20㎝四方あるかないかの小さな箱や籠に、
お茶碗、茶筅と茶筅立て、茶巾筒(/箱)、
ナツメ、茶杓、振出(/菓子器)、建水、香合などが
きっちり収まるようになっています。
もちろん茶碗や棗はきちんと巾着袋に収めてから
収納します。

茶碗をはじめ、全てが小振り。

茶杓は通常のものより短かったり、
途中で継ぐことができるようになっていたりします。
茶碗は、もちろん陶器製のものもありますが、
漆や瓢箪など割れない素材も好まれたとか。

ウグイスという平らな面をつくるための板や、
器据(キズエ)という
外で茶筅が倒れないようにするための道具もありました。

小さいからといって、
細工に手抜きは一切ありません。

通常でみても見事な作りのお道具が、
小さくなると、
繊細さを増し、より愛らしく見えます。

大事に大事に使われてきたことがわかる
貴重なお道具ばかり。

お茶に興味のない方でも、
その見事さに感嘆することでしょう。


***


2階の展示スペースでは、
〈季節の取り合わせ〉として
この季節に合わせた茶道具や書画が展示されています。

同室には、
茶道資料館の裏に位置する
「今日庵」の中のお茶室「又隠」
再現されています。


***


今日庵文庫は2階の展示室のとなり。
開架部分には、
一般人向けのお茶の入門書などが並んでいます。
広い机が数台あり、
ゆっくり読書するにはよい場所だと思います。


***


最後に、呈茶所で一服。
お茶をたてるところは見られませんでしたが、
着物をきた女性が
お菓子とお茶を運んできてくれます。

フワッとたてられたお抹茶と
ピンク色のお花を模したおいしいお菓子
(お店の名前忘れました)
でホッと一息。

お茶を運んでくださる女性に聞くと、
お茶道具のことなど親切に教えてくださるので、
なにか疑問があったらうかがってみるといいかもしれません。


***


京都散策に疲れた方。
お茶に興味がない方でも
ちょっと立ち寄ってゆっくりしてみてください。
美しさと美味しさが楽しめますよ。


なお、茶道資料館のお隣は、
本阿弥光悦ゆかりの本法寺があります。

光悦作庭と伝わる「巴の庭」のほか、
光悦や長谷川等伯の作品が伝わります。
特別公開などの時期にあたっていれば
ぜひあわせてお立寄り下さい。

本法寺玄関


茶道資料館
午前9時30分~午後4時30分
(入館と呈茶は午後4時まで)
休館日:月曜日
http://www.urasenke.or.jp/textc/gallery/tenji/index.html


新春展〈茶箱を楽しむ〉
併設展〈季節の取り合わせ〉
平成27年1月7日〜4月5日
第Ⅱ期 2月3日〜
第Ⅲ期 3月3日〜
http://www.urasenke.or.jp/textc/gallery/tenji/tenjinext/tenji.html


本法寺
http://eishouzan.honpouji.nichiren-shu.jp/topics/2015_winter_journey.htm
京の冬の旅(非公開文化財特別公開)
期間:平成27年1月10日~3月18日
https://www.kyokanko.or.jp/huyu2014/



今日はこれぐらいで。
それではまた。



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ココこんなとこ! 〜高麗美術館(京都市北区)〜

こんにちは如月東子です。

今日は、京都市北区にある
高麗美術館とその展覧会の感想です。


***


高麗美術館は、
京都市内の北に位置する小さな美術館です。

京都駅、京阪三条駅、地下鉄北大路駅などから
バスで行きます。

水色の門と屋根が印象的な素敵な建物です。

高麗美術館入口


こちらの美術館は1988年の開館。

在日朝鮮人1世の実業家である
鄭詔文(チョンジョムン)氏が、
自らの朝鮮美術品コレクションを
広く一般に紹介するために創設した美術館で、
朝鮮の陶磁器、書画、木家具、仏教美術など1700点を収蔵します。


展示室は2部屋。
1階と2階に分かれています。

工芸家具や
「チョガッポ」と呼ばれる伝統的パッチワークなどが
随所に置かれていて、
非常に品のよい暖かみのあるインテリアです。


***


現在開催中の展覧会は、
新春企画展
〈チャングムが生きた時代ー女性たちの生活と服ー〉

李氏朝鮮時代の衣食住について紹介する展覧会です。

構成は下記のようになっています。
第1部 女性の生活と服ー墓から出土する服飾
第2部 心と身体と飲食ー「薬食同源」の普及
第3部 婚礼衣装に身を包んでー女性として生きる



目玉は第1部で、
李氏朝鮮時代(16世紀〜19世紀)の女性達の
服や装飾品、生活を彩った絵画・工芸品などの
見事な作品が展示されています。

ご存知と思いますが、
展覧会のタイトルにある「チャングム」は、
韓国のテレビドラマ「チャングムの誓い(大長今)」の
主人公の名前です。

李氏朝鮮時代の歴史書に名前が記された
実在の医女をモデルにした宮廷女官の物語(フィクション)ですが、
数年前、私も毎週続きを心待ちにしていたのを思い出します。


今回初めて意識したのですが、
チャングムの舞台は、
16世紀の李氏朝鮮時代の中宗の頃だったのですね。


第1部で出品されている衣服は複製品です。

土葬の習慣がはじまった李氏朝鮮時代には、
遺体とともに多くの衣装が埋葬されるようになりました。
その発掘調査に基づいて、
生地の織り方から再現された見事なものです。

ソウル女子大学校檀国大学の服飾学科の学生が
制作したもののようです。


朝鮮の女性が着用するものの基本は、
上衣のチョゴリとスカート部分のチマに分かれます。
儀式のさいなどにはその上に、
金襴を施した豪華な唐衣などをつけたりしたようです。

展示によると、
チョゴリは、年代を追うごとに着丈が短くなり、
袖の幅も狭くなってきます。
チャングムの時代はまだ16世紀ですから、
かなりゆったりとした作りです。

17世紀、18世紀と洗練を重ねたチマチョゴリ。
ごく短いチョゴリに見事に織られた薄手のチマを重ねた姿は、
さぞかし可憐だったことでしょう…!

目にも鮮やかな色合いと
ふんわりしたスカートの組み合わせは、
どちらかというと西洋宮廷で着られた「ドレス」のよう。

日本の着物とは、シルエットがだいぶ違いますね。


衣服とともに、
螺鈿をほどこした朱漆の箱や屏風、陶器なども
あわせて展示されています。

同じく中国からの影響を受け、
形式的には非常に類似していますが、
同時代の日本の作品との趣の違いが感じられ、
面白く思います。

おおざっぱな印象ですが、
朝鮮の造形はどことなく
子供のような「無邪気さ」「素朴さ」を
残すように造られているように思います。
江戸時代の絵画・工芸の
洗練の度を増し、諧謔的なまでに奔放な造形とは
ひと味もふた味も違います。

形式が近いゆえに
心理的に近づきやすくまた違いを感じやすい。

見れば見るほど、
朝鮮美術についてもっともっと知りたくなってきます。


***


前庭にはユニークな石像も。
朝鮮は石の文化があるんですね。

石像①  石像2

小さいけれど、
朝鮮の文化の豊かさを感じられる美術館。
お時間があれば、ぜひぜひ足をお運びください!


高麗美術館
10:00~17:00(入館16:30まで)
月曜休館
http://www.koryomuseum.or.jp/

新春企画展
〈チャングムが生きた時代―女性たちの生活と服―〉展
2015年1月8日~3月29日


チャングムが生きた時代展看板


今日はこれぐらいで。
それではまた。





 
クエスト!同年制作をさがせ〜チューリヒ美術館展

こんにちは如月東子です。

現在、神戸市立博物館で開催中の
〈チューリヒ美術館展〉の感想です。

昨年、国立新美術館で開催されていた展覧会の
巡回展です。

チューリッヒ美術館2


***


昨年は、
日本・スイス国交樹立150周年記念ということで
スイスの画家がたくさん紹介されました。

バルテュス、フェリックス・ヴァロットン、
フェルディナント・ホドラーなど。
そして神戸でチューリヒ美術館の豊富な所蔵品を
紹介する今回の展覧会。

チューリヒ美術館は、
1787年からの歴史を誇る美術館で、
13世紀から今日までのヨーロッパ絵画を所蔵しています。

今回は、そのコレクションの中から、
モネ作品を筆頭とする印象派絵画、
ポスト印象派、ナビ派、表現主義、
さらには、フォーヴィズム、キュビズム、抽象など、
第二次世界大戦後までの
選りすぐりの作品が70点ほど展示されています。

制作年代では、
1885年から1968年までおよそ百年。
西洋絵画の近代史を概観できる内容です。

「すべてが代表作」
と謳われるだけあって、
それぞれの作品に見応えがありますが、
逆に言うと、
こういう名品を集めた展覧会は、
テーマ性が薄くなり、
見たあとの印象が散漫になりがちです。

そこで、
それぞれの作品を楽しみつつ、
時系列を探してみるのはいかがでしょうか?



***


今回の展覧会の構成は下記のとおりです。
 *セガンティーニ
 *ホドラー
 *モネ
 *ポスト印象派
 *ナビ派
 *ムンク
 *表現主義
 *ココシュカ
 *フォーヴィズムとキュビズム
 *シャガール
 *抽象絵画
 *ジャコメッティ
 *クレー
 *シュルレアリスム

見てわかるとおり、
一人の画家に焦点を当てたセクションと、
様式的な区分で分けたセクションが、
ゆるい時系列で並んでいる、という構成です。


さてでは、
いくつかの作品を対比してみてみましょう。


++

モネが45歳で
《ノルマンディーの藁葺きの家》(1885)を描いた3年後、
35歳のゴッホ《サント=マリーの白い小屋》(1888)
を描きました。

モネノルマンディーの藁葺きの家 ゴッホサントマリーの白い小屋
モネ                ゴッホ

モネの超絶な巧さを知ってはいても、
この2作品を間近に並べてみると、
ゴッホ作品の色彩の対比の強さや抜け感が
格別なものに感じられるように思います。


++

モネ睡蓮の池1916
モネ《睡蓮の池、夕暮れ》

本展の目玉である
モネ《睡蓮の池、夕暮れ》(1916/22)
制作時期と同時期に描かれた作品をみてみると、
ヨハネス・イッテン《出会い》(1916)

ヴァロットン《日没、ヴィレルヴィル》(1917)
カンディンスキー《黒い斑点》(1921)など。

イッテン出会い  カンディンスキー黒い色斑
イッテン             カンディンスキー

モネの作品はほとんど抽象のようですが、
イッテン、カンディンスキーなどの抽象絵画と
並べて考えるとどうでしょう?

また同じ日没でも、
ヴァロットンのものと比べてみるとどんな感じですか?

モネ睡蓮の池1916
モネ《睡蓮の池、夕暮れ》

ヴォロットン日没
ヴァロットン《日没、ヴィレルヴィル》


++

上記のイッテンの作品は、
フェルナン・レジェ《機械的要素》(1924)
ピート・モンドリアン
《赤、青、黄のあるコンポジション》(1930)などと
並んで展示されています。

フェルナン・レジェ機械的要素
レジェ《機械的要素》

それぞれ時代は違いますが、
構図や発想ではなく、
「画家の技術力」という視点でみたとき、
レジェやモンドリアンの描画の巧さが際立ちます。

無機的な感じのするレジェ、モンドリアン作品ですが、
これがCGではなく、
筆で描かれていると思ってじっくりと見ると、
「モノ」としての存在感が感じられて
ますます面白いものです。


++

「フォーヴィズムとキュビズム」のセクションで、
マティス《マルゴ》(1906)と並べてみたい
と思ったのは、
本展では出品ピカソ《アビニョンの女達》(1907 MoMA所蔵)

マルゴ
マティス《マルゴ》

《マルゴ》は、
「fauve(フォーヴ)=野獣のように荒々しい」
という印象の作品ではありませんが、
粗い筆致で描かれた少女のオレンジ色の顔と、
原色に近い緑と青の衣装の鮮烈なさわやかさの対比が強く、
マティスの色彩効果への関心がうかがえる作品です。

一方、
キュビスムの嚆矢ともいわれる《アヴィニョンの女達》では、
女性の形態は分断されていますが、
筆致は滑らかで、色合いはマイルドです。
画像は下記↓
http://www.moma.org/collection/object.php?object_id=79766

それぞれの関心の違いが際立ちます。


年代や時系列を意識して比べてみると、
ひとつひとつの作品を順番に見ていくだけでは気づかない
面白い発見があるかもしれません。


***


その他、私が心を惹かれた一品は、
アルベルト・ジャコメッティの親類でもある
アウグスト・ジャコメッティ
装飾的な抽象的絵画作品
《色彩のファンタジー》(1914)

アウグスト・ジャコメッティ色彩のファンタジー

土から萌え出る植物のような
不思議な生命力のある作品です。

写真ではわかりませんが、金が使われていて、
少し工芸的なところもあります。

あまり日本では紹介されない作家のような気がするので、
この機会にぜひご覧頂きたいと思います。


***


ビッグネームのしかも質の高い作品ばかり。
この機会に、
お好きな一品を探しにいってはいかがでしょう。


現在兵庫県立美術館で回顧展が行われている
フェルディナント・ホドラーの作品も6点展示されていますので、
今回、ぜひ合わせて見ておきたいものです。

〈ホドラー展〉訪問の際の感想は以下↓
「「お能」で読み解くホドラー?〜〈フェルディナント・ホドラー〉展」



〈チューリヒ美術館展〉
会期:2015年1月31日〜5月10日
会場:神戸市立博物館
http://zurich2014-15.jp/


今日はこれぐらいで。
それではまた。






 
ココこんなとこ!逸翁美術館(大阪・池田市)

こんにちは如月東子です。

今日は、逸翁美術館館の紹介と感想です。


***


鉄道会社阪急の創業者小林一三(1873 - 1957)、
雅号「逸翁」のコレクションを展示する美術館です。

大阪梅田駅から阪急電車で約20分。
インスタントラーメンの発祥の地としても有名な
池田市にあります。

駅から15分ほど歩くでしょうか。
こじんまりとしていながらも整備された街のただ中ある
モダンな黒い建物。

逸翁美術館正面


美術館自体の開館は1957年。
当時は旧邸「雅俗山荘」で展示していたそうですが、
2009年から現在の新しい建物に移ったそうです。

隣には、小林一三が開設した図書館である「池田文庫」
コンサートホールである「マグノリアホール」
さらに、徒歩5分ほどのところ、
旧邸のあった場所には現在「小林一三記念館」があり、
辺り一帯が文化施設のコンプレックスになっています。

逸翁美術館看板


逸翁美術館のチケットで記念館の観覧もできます。


***


現在の展覧会は、〈神さま仏さま―祈りの美術〉
西洋(+ロシア)と日本(仏教・神道)の宗教芸術を
テーマにした展示です。

展示スペースは2室だけですが、
出品点数は約70点と見応えがあります。

キリスト教芸術として出品されているのは、
イコンや油彩、木彫、
日本の宗教芸術として展示されているのは、
お経や仏画、仏像、神社の縁起絵巻などです。


工夫が感じられたのは、ビデオ映像です。

絵巻物は通常、一部のみしか展示されていないものですが、
その全場面を5分ほどのビデオにまとめて、
ストーリー展開がわかるようにしてありました。

画面全体が暗いため細部がわかりにくい仏画なども、
明るい光のもとで細部を撮影した映像の上映があり、
その繊細で優美な姿を堪能することができます。


宅間派をはじめとする仏画はどれも美しくオススメですが、
《熊野本地絵巻》という室町時代の絵巻物の、
アンリ・ルソーばりの独特の表現も見モノです。

その他、興味深かったのは、
聖母子が描かれたイコンの展示。

タイプの違う3種のイコンが展示され、
それぞれ解説がついてわかりやすかったのですが、
そのうちのひとつの形式が特に珍しく目を引きました。

銀色の板の一部がくりぬかれていて、
描画されたマリアと幼児イエスの顔と手がのぞきます。
銀板には、マリア・イエスの衣服や背景模様が
細かく掘り出されています。
つまり、聖母子像の顔・手は絵画、衣服を着た部分は金工で、
その2枚の板が重ねられている状態なのです。
さらに、マリアの頭部を囲う光輪は、
立体的に手前に浮き出しています。
絵画でも工芸でもない独特の作品になっていました。


本展覧会で展示されていた重要文化財、重要美術品は下記のとおりです。
重要文化財
 ■十巻抄(延慶二年覚巌奥書)
 ■白描絵料紙金光明経 巻第二断簡(目無経)
 ■楞伽経 巻第二(天平廿年六月廿三日願俊経)
 ■雙観無量寿経 巻上(天平六年聖武天皇勅願経)

重要美術品
 ■高野大師行状絵巻
 ■地蔵十王図
 ■紺紙金銀字清浄毘尼方廣経
 ■紺紙金銀字交書賢却経 巻第四・五・九・十


***


残念ながら、閉館時間となってしまったため
今回訪れることができなかった小林一三記念館

洋館・茶室3室、門、塀などが
登録有形文化財に指定された建物群です。

雅俗山荘長屋門
「長屋門」

洋館の「雅俗山荘」では、
フレンチ・レストランとしてお食事もできるようです。
http://gazokusansou.jp/
一度は行ってみたいですね。


満足感の得られる文化スポット。
ぜひ足をお運びください。


逸翁美術館
阪急池田駅 徒歩15分
午前10時~午後5時(入館は午後4時30分まで)
月曜休館
TEL 072-751-3865 
http://www.hankyu-bunka.or.jp/


2015早春展〈神さま仏さま ―祈りの美術〉
2015年1月17日~3月15日

http://www.hankyu-bunka.or.jp/sys/info/article/116





 
ここは民主主義の学校だ


映画「みんなのアムステルダム国立美術館へ」の感想です。

原題:The New Rijksmuseum
監督:ウケ・ホーヘンダイク
2014 オランダ 97分



オススメ度 ★★★★★


「市民のためにアムステルダム国立美術館を改修して下さい。」という、
2001年のベアトリクス女王の宣言をもって映画は始まります。

2008年再開予定で2003年に閉館。
2004年から工事が開始されました。

そのときにはもちろん、
すでにコンペで改修案が選定されていたのです。

しかし…!

当初の改修案に猛然と抗議を開始したのが、
「サイクリスト協会」。

美術館のエントランス部分は
市民が日常的に通り抜けできる公道になっているのですが、
コンペで選ばれた改修案では
自転車道が分断され、幅も狭くなる。
「アムステルダム市民の足」=自転車の走行を死守せんとする
サイクリスト協会は、
1ミリたりと道幅を狭くすることを認めません。

改修開始時の館長は堪忍袋の緒をきらして辞任。
結局エントランスは、
サイクリストの意見におされてデザイン変更を余儀なくされました。

工事の再注文てんやわんや。
地域住民がデザインの細部にまで口を出す。
設計案では、
1885年に設計された歴史的建造物の
美しいアーチを削ることになっていて異論はでるし、
内装の壁の色はデザイナーと美術館スタッフとの間で、
最後の最後までモメる。


多くの利害関係人が互いに主張し合って決定できない。
一度された決定が、抗議にあって覆る。

「オランダは民主主義のマッドハウス」
新しく就任した館長は、
カメラにむかってイライラした口調で
ののしりの言葉を投げかけます。


それでは、
いつ終わるかの見込みのなく、
結局10年の歳月をかけた改修劇は、
市民から美術作品鑑賞の機会を奪っただけなのか?
「強いリーダー」が「多少の」異論を封じ込め
建設を「断行」したらよかったのか…?!


もちろん、もちろん、
そんなことはありませんでした!

決して全員の意見が受け入れられたわけではありません。
(サイクリスト協会以外は?)
ある意見を持った人にとっては、妥協の産物といってもいい。

だけど、
最後には、完成したその時には、
みんなこのプロジェクトに参加し完成させた喜びで、
思わず涙し、ビッグスマイルをうかべてしまうのです。


もしかしたら
より政治力のある市民の意見が通っているだけかもしれない。

でも、市民が意見を表明する場が保障され、
地域の施設に対して、
地域住民が影響を与えることができる制度があり、
その手続きに従わなければ
プロジェクトは断じて先に進めることができない。
そんな確固とした仕組みがある。


タイヘンだけど、フラストレーション溜まりまくりだけど、
やっぱりスゴイ!


今、日本で見るべき1本であることは間違いありません。
ぜひご覧下さい!

みんなのアムステルダム美術館へフライヤー

映画公式HP
http://amsmuseum.jp/





 
ココこんなとこ!〜湯木美術館(大阪・淀屋橋)


こんにちは如月東子です。

今日は、湯木美術館館の紹介と感想です。


***


湯木美術館は、
料亭「吉兆」の創業者である
湯木貞一氏(1901年 - 1997年)が収集した
コレクションを展示する美術館です。

湯木美術館正面玄関


湯木貞一氏は、茶の湯に傾倒し、
日本料理の世界に茶懐石の格式を取り入れ、
新風を吹き込みました。

1987年11月開館。

湯木氏の茶道具のコレクションは、
重要文化財11点をはじめとする
数々の名品を有しています。

美術館は、
ビジネス街である淀屋橋の一画、
こじんまりとしたビルにあります。
展示スペース2室と、かなり小さい規模。
ごくごく落ち着いた雰囲気です。


***


現在開催中の展覧会は、
〈千家歴代と樂歴代の茶道具ー利休のデザインと展開〉

湯木美術館看板


初代長次郎が利休の指導を受けて作製した
「聚落焼」をはじまりとする樂焼は、
千家と深い関わりを持ちながら発展を続けます。

前期展示は、40点弱。
時代背景とともに、
歴代の作り手の作品が、
特徴をまとめた解説とともに展示されています。


展示数はかなり少ないように思いますが、
「これが見られて感激だわ…!」
というご婦人の感嘆の声が聞こえてきましたので、
茶道をなさっているような方にとっては、
「この一品」といった垂涎の品がでているのでしょう。


ロビーには、
茶の湯関連の書籍・雑誌がたくさん並びます。

規模は小さいながら、
茶の湯を楽しむ方にとっては、
訪問必須の美術館ではないでしょうか。

ぜひ足をお運びください。


湯木美術館
 地下鉄御堂筋線「淀屋橋駅」13番出口より徒歩5分
 京阪電車「淀屋橋駅」8番出口より徒歩7分。
 地下鉄堺筋線「北浜」6番出口より徒歩7分
 京阪本線 「北浜」21番出口より徒歩9分
午前10時~午後4時30分(入館は午後4時まで)
月曜休館
TEL: 06-6203-0188
http://www.yuki-museum.or.jp/index.html


平成27年春季展
〈千家歴代と樂歴代の茶道具ー利休のデザインと展開〉
会期:2015年1月6日 - 3月29日
前期展示:〜2月15日
後期展示:2月16日〜


参考:Wikipedia湯木貞一
http://ja.wikipedia.org/wiki/湯木貞一





 
記憶を直接触る柔らかい指先ー国際美術館〈フィオナ・タン〉展

こんにちは如月東子です。

現在、国立国際美術館で開催中の
〈フィオナ・タン まなざしの詩学〉
の感想です。


***

フィオナ・タン(Fiona Tan)は、
1966年生まれの映像作家。

彼女は、華僑のインドネシア人である父と、
オーストラリア人の母の元に生まれます。
インドネシア生まれながら、オーストリアで育ち、
若くしてヨーロッパに渡るなど、
複雑なアイデンティティをもった女性です。

今回の展覧会では、
2分弱の作品から
60分ほどのちょっとした映画のような作品まで、
初期作品から最近までの
10余りの映像作品が集められています。


初期作品《興味深い時代を生きますように》(1997)は、
彼女のアイデンティティ探求の旅を追ったドキュメンタリーフィルム。

彼女の自分探しの旅によって、
激動のインドネシアの近代史と
世界に散らばる華僑との関係や、
入り交じりつつも溶解し得ない
東洋と西洋の価値観があぶり出されていきます。


私が好きだったのは、
《ライズ・アンド・フォール》(2009)
《ディスオリエント》(2009)


《ライズ・アンド・フォール》は、
並んだ縦長の2つのスクリーンに、
ナイアガラの豊かな水流と
2人の女性の日常の姿が、
断片的に映し出される作品です。

2つの画面は、
時に、異なる別々の光景を、
時に、ひとつの画面となって
滔々と流れる巨大な水面を映し出します。


書き物をする若い女性の姿が
2重に映されているかと思うと、
片一方の画面が、水の流れに変わる。

彼女は河にまつわる小説を書いているのか?


老女がベッドに横たわっていて、
目が覚める直前である。

うねり落ちていく瀑布は、彼女の夢なのか?


風景が重なると、
2人の全く関係ないかもしれない女性達に
繋がりが生まれる。

若い女性は、かつての老女の姿なのか?


現実も夢も等価だ。
追想が現実のように強く感じられ、
現実はときに夢のように現実感がない。


記憶のどこかに覚えのある、
懐かしい夢のような作品です。


+++


《ディスオリエント》も大画面を2つ使った作品。
ただ、2つの映像は、
部屋の対面する壁それぞれに映し出されています。

アジアの各国
——中近東から東アジアまでの映像が
断片的に流れているようです。

部屋では、マルコ・ポーロの『東方見聞録』が、
男性の声で、淡々と朗読される録音が流れています。
しばらくすると、
見ている映像が、
文章の中の地名とゆるやかに関連づいていることに気づきます。

マルコ・ポーロの冷静な観察。
大きく変化しながらも、
どこか、かつての旅人が観たものを彷彿とさせる風景。

フィオナ・タンのカメラは、
バグダッドで、
戦車の上からあたりを見下ろすことすらあります。

地理的な広がりと現代性と多様性、
複雑な時間軸を感じさせる作品です。


***


作品数は多くはありませんが、
ほとんど全てビデオ作品ですので、
全体を鑑賞するには
ある程度まとまった時間が必要です。
(最低でも2〜3時間は必要かなと…。)

暗いので、
長時間いると少し疲れてしまうかもしれません。

途中で一度展覧会を抜けて、
息抜きをしてから、もう一度戻るといいかもしれません。
(係の方に断ってからでないと戻れないですので、
ご注意ください)


現在を生きる作家が、挑戦する映像の世界。
アーティストの興味と探求は、刻一刻と変化しています。
同時代に生きる人間として、
今、この時に感じられるなにかがあると思います。

ぜひ足をお運びください。



〈フィオナ・タン まなざしの詩学〉
会期:2014年12月20日〜2015年3月22日
会場:国立国際美術館
http://www.nmao.go.jp/exhibition/



今日はこれぐらいで。
それではまた。





 
映画「ナショナル・ギャラリーー英国の至宝」鑑賞


映画「ナショナル・ギャラリーー英国の至宝」の感想です。


原題:National Gallery
監督:フレデリック・ワイズマン
2014 アメリカ・フランス 181分


オススメ度 ★★★★★


ナショナルギャラリーで語られる
言葉、言葉、言葉…。

面食らうのは、
語りの言葉の圧倒的な量。

絵画について語られ、
絵画のために語られる言葉は、
つきることがない。


ドキュメンタリー映画監督の
フレデリック・ワイズマンが
ロンドン・ナショナル・ギャラリーに
カメラを向けて切り取るのは、
「言葉」であるように思う。

ある時代の絵画の専門家が、
オーディエンスを前に、
一枚の絵について
これでもかというぐらい説明する。

描かれた物語、人間の心理、コンポジション、
その絵画が置かれた場所、観られた状況、
描かれた時代、
描いた画家について。
作品の来歴と歴代の持ち主、
科学で明らかになった絵画の状態、
描画のプロセス、保存修復の哲学と手法について。
あるいは、
展覧会の意義と扱われた画家の偉大さについて。

専門家が専門家に話す。話し合う。
子供への美術教育について、
作品へのライティングについて、
美術館の経営・予算・広告の方法について。



現在の美術の世界で語られるべき言葉が、
全てこの映画の中で語られている!
そんな気すらするほどの言葉、言葉、言葉…。

しかし大事なのは、
それでもこれで語られすぎている訳ではない、
ということ。
余分な言葉などない、ということ。

ある豊かなイメージを前にする時、
人は言葉を紡がざるを得ない。


語っても語っても疑問は残り続ける。
いくつもの正解が生まれ続ける。

その現場がナショナル・ギャラリー。


***


作品とそこから生み出される圧倒的な言葉が、
今日まで残された絵画の偉大さを伝えます。

3時間余りの長い映画ですが、
ぜひおススメしたい一本です。

公式ホームページ
http://www.cetera.co.jp/treasure/

ナショナル・ギャラリーフライヤー





 
「お能」で読み解くホドラー?〜〈フェルディナント・ホドラー〉展
こんにちは如月東子です。

今日は、日本では40年ぶりとなる
フェルディナント・ホドラー
(Ferdinand Hodler 1853 - 1918)
の回顧展の感想です。


東京上野の国立西洋美術館で行われていた展覧会の巡回展が、
兵庫県立美術館で開催中です。

ごく初期の職人時代の作品から、
最晩年の作品までを概観することができます。


***


さて、展覧会の構成は下記のようになっていました。

PART1 光のほうへ—初期の風景画
PART2 暗鬱な世紀末?—象徴主義者の自覚
PART3 リズムの絵画へ—踊る身体、動く感情
PART4 変幻するアルプス—風景の抽象化
PART5 リズムの空間化—壁画装飾プロジェクト
PART6 無限のまなざし—終わらないリズムの夢
PART7 終わりなきとき—晩年の作品群



展覧会の構成は、おおよそ時系列ですが、
絵画のジャンルによって区分けがされてる部分もあります。


展覧会を見ていくと、
ホドラーの作風は、
1890年前後から急に変わったようにみえます。

画面の色が明るくなり、細い、線的な表現が現れ、
構図の独特さと繊細さが目立つようになります。

今回、この時期の出品数は多くなく、
しかも小さい作品ばかりですが、
ホドラーが、伝統的画家からの変貌を遂げたことが感じ取れるでしょう。
《小さなプラタナス》(1890頃)《プティ・サレーヴ山麓》(1890頃)
《柳》(1891頃)《感動》(1894)



そこに登場するのが、
1895年の《オイリュトミー》
「良きリズム」というギリシア語を語源とするタイトルです。

ホドラーオイリュトミー
1895年 Kunstmuseum Bern, Staat Bern


《オイリュトミー》に描かれているのは、
5人の老人達。
みな、ゆったりとした真っ白な布を体にまとい、
静かに同じ方向に歩を進めています。
顔はうつむきがちで、哀愁と諦観を感じさせます。
地面に落ちた紅葉した木の葉が、
これから冬へ向かう季節を暗示します。

修道士のような、殉教者のような、
死者のような沈静した老人たちを描いたこの絵画には、
「良きリズム」というタイトルは、
ふさわしくないようにすら思えます。


解説によると、
リズムの語源であるギリシア語の「リュトモス」は、
もともと「流れる」という意味だそうです。

ホドラーにとっての「リュトモス」=「リズム」とは、
運動の「流れ」のなかに生まれる
多数の「かたち」の一時的調和
(展覧会解説より)

のことでした。


この「流れ」はなにから生まれるのでしょうか?

ホドラーは、
「感情は身振りを伴う」
と考えていました。

ある感情が、ある一定の身振りとして外形的に現れる。
このことは、人間である以上、共通に生じることだ
、と。
(展覧会解説)

ある感情がある身振りという「動き」を引き起こす。

人間の「動き」、
すなわち
「ある姿勢からある姿勢への移行(展覧会解説)」の中に、
一瞬見いだされる形態の調和を描くこと、
それが彼の制作の理念でした。


彼の絵画を間近で見ていて気づくことは
幾重にも絡まりながらやわらかに動く細いラインの存在です。
画面全体の冷たい印象に比して、
赤っぽい茶色や緑などの有機的色合い。

また、彼の描く人体の陰は
緑や青の点描風で妙に生々しく、
静かな画面を乱します。

彼の絵画は、
計算された厳密な構図を取り
(画面に下書きに格子様の線を引いているのが透けて見える)、
人の形態も堅固ですが、
人体を取り巻く有機的な輪郭線や陰、
奇妙に細かいひだを作るドレーパリー、
そして、ヌメッとした植物によって、
常にどこか揺らいでいるように見えます。

リズムが、——流れが、
動きの中にしか存在しないために、
彼の描く形態は常に「動き」を残し続けているようです。



ホドラー作品のもうひとつのキーワードは、
「パラレリズム(Parallerism)」です。

パラレリズムの効果は二つあります。
ⅰ)形の反復により、表された感情が増大されることと、
ⅱ)形や色が反復することそれ自体が、心地よさを感じさせること。

《オイリュトミー》において、
沈鬱した老人たちは類似の形や色を反復しています。

沈鬱さと静謐な死の印象が強まると同時に、
はっきりとした視覚的な快楽が与えられるのです。


この主題と背反しつつその効果を高める視覚的効果こそが、
この絵画の真のテーマ
「良きリズム」なのでしょうか・・・?


***


ところで、「感情は身振りを伴う」と言うとき、
表出された「身振り」は
ある感情の「象徴」となります。

下記は、《感情Ⅲ》というタイトルの絵です。

ホドラー感情Ⅲ
1905年 © Kanton Bern


真っ赤なポピーの花畑を背景に、
4人の女性が右に向かって進んでいるのですが、
これはいったい何を描いているのでしょう?

もともと西洋絵画の伝統には、
抽象概念を具象化・擬人化する寓意画の伝統があります。

「嫉妬」や「怒り」など、
キリスト教における「美徳」「悪徳」を表象する図像を
中心としますが、
「感情」そのものを象徴する「形」、
あるいは、「感情」の擬人像は珍しいものではないでしょうか。
特に、特定の感情ではなく「感情」そのものの象徴は。

一方で、
「ある感情をもった状態の人間を類型的に描く」ということは
ルネサンスの頃から研究されてきたことです。
しかしホドラーは、
ある感情を有した人間が一時的にみせるであろうポーズ
を描いたわけではありません。


《感情Ⅲ》という作品を理解しようと試みながら、
私はふと、「能」を思い出しました。

私は、お能を数えるほどしか観たことがありませんが、
そのなかでお能とはなにか、と考えたとき、
能は、「感情のエッセンスが形になったもの」
というの考えが一番しっくりきます。

お能の演劇としての具体的な内容は
解説抜きにはわかりませんが、
その所作・舞・音楽(的セリフを含む)を最後まで見終わると、
感情的に非常なカタルシスがある。

言ってみれば、能が表現するものとは
「抽象化された感情」ではないかと思うのです。

人間(いや、生き物の)感情への深い関心と理解。
感情と音楽と身体との深い関係。

それらが一体となったものが能の型であり、
観る者の心を演じられる感情と一体化させ、
恨みや心残りを浄化させるところまで動かすのです。


能の型の中にそういうものを観る私は、
ホドラーの《感情Ⅲ》の中に、
「感情を表象する身体」
を発見した20世紀初頭の西洋人の目を見るような気がしました。

理性の中に、慣習的なものの中に、
閉じ込められていた19世紀西洋の身体が、
「感情を表象する身体」として立ち現れてきた。

それは、一時的な激情を表すものではなく、
普遍的な人間存在としての身体。

ホドラーの絵画は、
感情と身体との間に新たに見いだされた
新たな人間像の発見を表しているもののように思えるのです。


《感情Ⅲ》に描かれるのは、
連続的に歩みを進める4人の女性。
彼女達の顔は背けられていて、
どのような表情をしているかはわかりません。
特定の「感情」を表しているわけではありません。

ただ身体の形、動き、色とコンポジションによって、
画面を超える広がりが暗示され、
よきリズムが観る者に感じ取られるその瞬間、
「感情をもつ人間」の精神が
ホログラムのようにそこに浮かび上がるのです。


***


今回の展覧会の解説は、
単に歴史的事実の羅列ではなく、
ホドラーの作品原理について内在的に理解し、
納得しやすい言葉で説明されていて、
とてもよかったなと思いました。


スイスの作曲家、音楽教育家であった
エミール・ジャック=ダルクローズ(1865 - 1950)
ホドラーとの交流についての解説にも
それなりのスペースが割かれており、
ホドラー作品への理解にとても約にたちました。

なお、ジャック=ダルクローズは、
現在も音楽教育で使われるリトミックを開発した人です。
リトミックは、音楽教育の方法論で、
音楽と身体運動を結びつけることで、
総合的に音楽を体得するための方法です。
http://www.j-dalcroze-society.com/eurythmics.html


***


鑑賞者によってそれぞれ見いだす点は違うと思いますが、
つきない思索に誘う作品ばかり。

良い解説がありますので、
この機会にぜひご鑑賞ください!


フェルディナント・ホドラー展
兵庫県立美術館
2015年1月24日~4月5日
http://hodler.jp/index.html







 
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