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プロフィール

如月東子

Author:如月東子
C’est l’enfance de l’art.へようこそ。
(セ・ランファンス・ドゥ・ラール)

昔から絵を見るのが好きで、美術系の大学に行き「美術史」などを少し勉強しました。

その後、美術とは関係ないお仕事についたけど、美術について、普通の人よりはちょっぴりだけ多く考えてきました(多分)。

そんな私が、これまで美術鑑賞をするなかで気づいたこと・感じたこと・考えてきたことの中には、美術をもっと楽しみたいと思ってる人に、なにかヒントになることがあるかもしれません。

美術鑑賞の記録を中心に、美術館などの紹介や鑑賞の役に立つ情報などを載せていければ、と思います。

皆さんのお役に立てれば幸いです☆

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浮遊する形態をつなぎとめるデザイン〜〈燕子花と紅白梅〉

こんにちは如月東子です。

現在、青山は根津美術館で開催中の展覧会
〈燕子花と紅白梅 光琳デザインの秘密〉
についての感想です。


***


昼下がりの根津美術館。
ゴールデンウィークの連休最後の日に訪れましたが、
うららかな天気もあってか、さすがに少し混雑気味。
チケットを買うまでに、少し行列ができていました。

北魏時代の釈迦立像に迎えられつつ、
早速、企画展会場に。
企画展は、美術館全6室のうち3室でみられます。


企画展の構成は下記のとおりです。

第一章 燕子花図と紅白梅図ー「模様」の屏風の系譜
第二章 衣装模様と光悦謡本ー光琳を育んだ装飾芸術
第三章 団扇・香包・蒔絵・陶器ージャンルを超える意匠

また、季節ごとのお茶道具を展示する【展示室6】では、
「燕子花図屏風の茶」と称して、
根津嘉一郎が、
《燕子花図屏風》を披露した後に催した茶会で使用した
お茶の道具が展示されています。


***


本展覧会は、
2つの国宝の屏風
《燕子花図屏風》《紅白梅図屏風》
一堂に会するというのが目玉ではありますが、
同時に、光琳のデザインの源をさぐる
というテーマを持つ企画でもあります。

呉服屋に生まれた光琳が生家から受け継いだデザイン、
光琳の尊敬した俵屋宗達の卓越したセンス、
「光悦謡本」と呼ばれる謡本にほどこされた
雲母摺にから光琳が得た創造のヒント。

コンパクトながら、うまくまとまった展覧会です。


光琳といえば、
2008年に東京国立博物館で開催された
〈大琳派展-継承と変奏-〉では、
光琳を含む琳派の画家の作品が数多く展示されました。
http://www.tnm.jp/modules/r_free_page/index.php?id=559)

私は正直、その時はあまり
光琳の作品を好きにはなれずにいました。
他の琳派の画家に比べて、
どこか奇をてらったような印象をうけたのです。
でも、今回の展覧会では、
なぜか素直にそのセンスに驚き、
そのすごさを実感することができました。


***


さて、《燕子花図屏風》
その圧迫感というか、迫力に驚きました。

もしかしたら昔、
〈大琳派展〉で一度見たかもしれませんが、
その際の印象はあまりなく
(展示替えでみられなかったのかもしれません)、
意識して見たのは今回がはじめて。

思った以上に大きな屏風なのです。

金地に淡い緑の葉が勢いよく上方に突き上がり、
群青の大きな花弁を支えます。

右隻にも左隻にも、
ほぼ真横から見たような格好で
直立する燕子花の群生が描かれていますが、
右左で構図は違います。

左隻の燕子花は、
右隻より丈が短く、花弁はより暗い青で描かれ、
左上隅から右下隅にかけての
斜めの構図が意識されます。
一方の右隻は、
帯状に横に並ぶような構図。


右隻から左隻にかけてゆっくり歩きながら
ふと思い出したのは、「米くわぬ女房」という昔話。
ご存知の通り、端午の節句の起源を語る物語です。

米を食わない、という嫁をもらったはいいけれど、
実はそれは大蛇が化けた女。
正体がばれたと知るや大蛇はその正体を現して、
亭主を喰らおうと追いかけてきます。
しかし、あわや食べられるかというところで、
男が、蓬と菖蒲がたくさん生えている沼地に逃げ込んだところ、
菖蒲の効力で大蛇は力を失い(死ぬ?)、助かることができた。
そのため、この時期、
菖蒲をかざって、よもぎ餅を食べるようになった、という。


もちろん、燕子花と菖蒲とは違う花なので、
勘違いによる想起なのですが、
屏風をみていた私は、
花の威力に退治される蛇のような気持ちになったのです。

金地の背景は、(光の加減にもよりますが、)
奥行きを感じさせず、
見えないバリアがはられたような空間感を与えます。
右隻の、鋭い葉先をたて、
紫がかった高貴の花の群れが壁のように感じられたところに、
構図の妙で、視点が変化して感じられる左隻に至ると、
群生する葉叢に迷いこんで抜け出せなくなったかのような、
そんな追いつめられた気持ちにすらなります。

この大きな屏風は、
広い部屋(あるいは野外?)に飾られたに違いないのですが、
それは一体どういう場だったのでしょうか?
この異空間の前でなにが行われていたのか?
不思議な気持ちに襲われます。


***


《燕子花図屏風》の隣には、
二曲一双の《紅白梅図屏風》

こちらは、《燕子花図屏風》に比べると、
小振りで柔らかさと軽さを感じさせます。

特に独特なのは、
川と思しき水紋を帯びた中央の黒い色面です。
金泥で描かれたそれは、
人の手が描いたとは思えないような
自然で複雑な滑らかな曲線。

光琳の水の意匠のすごさは、
振り返ったところにある
《白楽天図屏風》の波の表現にもみられます。

寸分違わず、というのか。
同じようなラインを重ねつつ、
一刻たりとも同じ形を保たない水の流れが、
まるで今まさに動いているかのような印象を与えつつ、
画面に描きとどめられているのです。


***


自然の形態は無数に多様です。
遠近法的三次元表現に限定されず、
また、物語画・宗教画の伝統に束縛されない以上、
画面にとどめうる形は無数にあり、
取り得る構図は無限にあるはずです。

しかし、光琳の絵画を見ていると、
その花はその画面の中で
「その形」で「そこ」にある以上にその花らしくあることはなく、
その波は「そこ」に「そのライン」を描くほかないように思われます。

物理法則を離れて浮遊する形態の全てが、
そこにその形態をとるしかないというバランスでそこにある
という不思議さ。
光琳のデザインの凄さをみる思いです。


今回の展覧会は、
1716年に没した光琳三百年忌の記念展でもあります。

昨年、大和文華館で開催された展覧会〈酒井抱一〉では、
抱一は光琳に私淑し、「光琳百年忌」を行った、と言及があり、
少し気になっていましたが、
抱一のまなざしを多少なりと理解することができたような気がします。
私にとって光琳再発見のまたとない機会となりました。


根津美術館の庭園の燕子花も今が盛りです。

燕子花

会期終了まで間がありませんが、
この機会にぜひ足をお運びください。


尾形光琳300年忌記念特別展
〈燕子花と紅白梅 光琳デザインの秘密〉
根津美術館 
2015年4月18日 ~ 2015年5月17日

http://www.nezu-muse.or.jp/jp/exhibition/index.html


今日はこれぐらいで。
それではまた


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なんという魔的な魅力〜〈インドの仏ー仏教美術の源流〉

こんにちは如月東子です。

現在、
東京国立博物館表慶館で開催中の展覧会
〈インドの仏ー仏教美術の源流〉
についての感想です。


***


トーハクの表慶館。
真っ白な壁に緑色のドーム型屋根を頂く
洋風建築の中で、
コルカタ、「インド博物館」所蔵の仏像が展示されています。

ベンガル・アジア協会を母体として
1814年に設立されたというインド博物館は、
アジアでも屈指の歴史とコレクションを誇ります。
その中から選ばれた100点近くの仏教美術の作品。
予想以上の見応えがあります。


***


展覧会の構成は下記のとおりです。

・仏像誕生以前
・釈迦の生涯
・仏の姿
・さまざまな菩薩と神
・ストゥーパと仏
・密教の世界
・経典の世界
・仏教信仰の広がり



***


展覧会の副題には「仏教美術の源流」とありますが、
仏陀をはじめて人の姿として表したのは、
まさにインドにおいてでした。
紀元後1世紀〜2世紀ころのことと言われています。


私がむかし習ったところによると、
仏像の起源とされる地域は、大きくわけて、
ガンダーラ系マトゥラー系とがあるそうです。
今回の展覧会では、
「仏像」が誕生した時期の
ガンダーラ、マトゥラー両方の作例が見られます。

ガンダーラ仏は、ギリシャ系。
彫りが深くなかなかハンサムなお顔立ちです。
伏し目がちで哲学的。
(でも、いつも、久米宏に似ていると思ってしまうのですが…)
ロリアン・タンガイという遺跡から
多くの作例が発掘されているそうです。

一方のマトゥラー仏のほうは、
くっと口角をあげ、目をまっすぐに見開いて、
生き生きとして挑戦的な顔立ちです。

同じセクションにある
マトゥラー仏《仏坐像》
(アヒチャトラー出土 クシャーン朝 1世紀)と
ロリアン・タンガイの作例をぜひ間近で比べて見て下さい。


***


紀元1〜2世紀は、クシャーン朝の時代。
クシャーン朝時代には、
ガンダーラに見られるギリシア的な造形と
東南アジア的な造形とが混在していて、
技術的にもまだ発達途上、といった風がみえます。

その後のグプタ朝パーラ朝の仏像は、
石彫の技術的が格段に上がっている様子が見て取れます。
凄まじい技術です。
一方で、造形的には
マトゥラー仏的な表現が主流となっていったように見えます。

そもそもガンダーラ仏は、
ヘレニズム美術の影響を受けて生まれた造形です。
インド人(くくりが大雑把すぎる?)が好む造形は、
マトゥラー仏的なものだったのかもしれません。


***


今回の展覧会の白眉と思ったのは密教仏

マトゥラー仏的な生命力に満ちあふれた
肉感的な仏たち(あるいは神や化身)の姿は圧巻です。

観音の涙から派生したという女神ターラー菩薩立像などの
豊満な体、切れ長の妖しいまなざし。
性的な魅力にあふれた造形は魔的です。

うろおぼえですが、
映画「インドへの道」で、
イギリスから植民地インドへやってきた若い女性が、
遺跡かなにかの案内を乞い、
そこに数多くのセクシャルな石像を見て、
パニックに落ち入るというシーンがあります。
それはおそらくヒンドゥー教の石像だったと思いますが、
インドの仏像にも、
まさにそれだけの迫力と魔力がひそんでいます!


「仏の像」、すなわち「悟りを得た人の似姿」は、
セクシュアルなイメージとほど遠いと思いがちですが、
仏の教えにはそれだけの潜在的な内容が含まれているのでしょうか?

一方で、インドだからこそ、
生(性)を肯定する密教的な思想が生まれ得た、
ということなのかもしれないとも思いますが…。


…ところで魔的な魅力といえば、もうひとつ、
ガンダーラ系の仏像頭部の甘美な美少年っぷりも見逃せません。
こちらもお見逃しなく!


***


インド美術館は1870年代に建てられたというコロニアルな洋館。
少し狭いのが残念ですが、
表慶館はまさにうってつけの展示場。
ところどころに貼られたモザイクが独特の雰囲気を醸し出しています。

階段の上り下りがありますので、
ヒール等の方は気をつけてください。


インドの仏像がまとめて系統的に見られる機会は
そう多くありません。
この貴重な機会に、ぜひ足をお運びください。


特別展〈コルカタ・インド博物館所蔵 インドの仏 仏教美術の源流〉
東京国立博物館 表慶館  
2015年3月17日 ~ 2015年5月17日

http://www.tnm.jp/modules/r_free_page/index.php?id=1701&lang=ja


今日はこれぐらいで。
それではまた。








 
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