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プロフィール

如月東子

Author:如月東子
C’est l’enfance de l’art.へようこそ。
(セ・ランファンス・ドゥ・ラール)

昔から絵を見るのが好きで、美術系の大学に行き「美術史」などを少し勉強しました。

その後、美術とは関係ないお仕事についたけど、美術について、普通の人よりはちょっぴりだけ多く考えてきました(多分)。

そんな私が、これまで美術鑑賞をするなかで気づいたこと・感じたこと・考えてきたことの中には、美術をもっと楽しみたいと思ってる人に、なにかヒントになることがあるかもしれません。

美術鑑賞の記録を中心に、美術館などの紹介や鑑賞の役に立つ情報などを載せていければ、と思います。

皆さんのお役に立てれば幸いです☆

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マンネリ化を拒否して老いた女ー〈ヘレン・シャルフベック展〉


こんにちは如月東子です。

今日は、東京藝術大学美術館で開催していた
〈ヘレン・シャルフベック〜魂のまなざし展〉の感想です。

Schjerfbeck SelfPortrait 1884
《自画像》(1884−1885)
Ateneum Art Museum

***


Helene Schjerfbeck(1862-1946)は、
フィンランドを代表する画家で、
19世紀半ばに生まれ、
第二次世界大戦が終わるまでの時代を、
己の絵筆一本で生きた女性です。

変遷の大きかった
19世紀後半から20世紀前半の
ヨーロッパ美術界にあって、
不自由な足をかかえ、辺境の地にいながら、
常に新しい動きに敏感なままで、
内面的に外面的に変化し続ける自らを
まっすぐに見つめ続け、
老いの果てまでキャンバスに跡づけて、
そして一人で死んでいった、
そんな女性の姿が
強く印象づけられるそんな展覧会でした


***


藝大美術館は、
3階と地下1階に展示スペースを持っていますが、
今回の展示は3階部分のみ。
しかし、作品数は84点あり、
最初期から死ぬ前年までをカバーしています。


展覧会の構成は下記のとおりです。

1 初期:ヘルシンキーパリ
2 フランス美術の影響と消化
3 肖像画と自画像
4 自作の最解釈とエル・グレコの発見
5 死に向かって:自画像と静物画



シャルフベックは幼いころから絵画の才能を発揮します。

11歳にしてフィンランドのアカデミーに入学を許され、
18歳(1880年)にして、奨学金を得て、
パリへ遊学することを許されます。

フランス時代のシャルフベックの絵画は、
独特の暖かみと朴訥さを感じさせるものながら、
当時流行のレアリスムの枠内に位置づけられます。

画家自身の失恋からの回復を重ねて描いたとされる作品
《回復期》(1888年)は、
明るい書斎に、芽吹いたばかりの鉢植えを抱えた少女の
あどけない表情が、なんとも魅力的な絵画です。

Schjerfbeck The Convalescent 1888
《回復期》(1888)Ateneum Art Museum


1890年にフィンランドにもどったシャルフベックは、
フィンランドのアカデミーで教鞭をとります。

この時期は、
様々な新しい表現方法を取り入れた、
ヴァラエティに富んだ作品群が魅力ですが、
それとは別にちょっと目を引くのが、
5点ほど並んでいる模写の作品です。

シャルフベックは、
古典的作品の少ないフィンランドの学生達のために、
デューラー、ホルバイン、テル・ボルフ、ベラスケス
などの名作の緻密な模写を行いました。
厳密に「古典技法」といえる作品とは思えませんが、
画面上にはオリジナルが精密に再現されており、
彼女が正確でかつ自由自在な表現力を持っていることが
みてとれます。

Schjerfbeck Copy of Holbeins painting Sir Richard Southwell 1886
《ホルバインの模写》(1886)
Ateneum Art Museum


1900年代に入ると、
細い線描が画面に目立ち始めます。
そのせいなのか、画力と観察力のある漫画家が
(例えば、五十嵐大介高野文子のような…?)、
一枚絵を描いたような印象を与えます。

Schjerfbeck Granny 1907 Schjerfbeck Girl on the Sand 1912
(左)《祖母》(1907)Ateneum Art Museum
(右)《砂浜の少女》(1912)Ateneum Art Museum

スケッチーでありながら、正確で的確。
なんといっても、「今っぽい」のです。

シャルフベックは、パリから帰って以降、
第二次世界大戦の戦火を逃れる44年まで、
フィンランドからほとんど離れなかったようですが、
ヨーロッパの最新の表現方法や
ファッションモードをぬかりなく取り入れていたようです。

シャルフベックの絵画は表現方法の宝庫です。
咀嚼力が半端じゃない。


(男性の?)「大画家」が、
本人は革新を続けているつもりで、
実際はマンネリに陥っていくのと違い、
彼女は死ぬまで、新しい表現方法を取り入れ続けました。

それ以前と違い、19世紀以降の(先端的な)画家は、
注文制作であってすら「描くべき型」をなくしてしまいました。
例えば、「聖母マリア」を描くにしても、
新しい作画上の課題をみつけ、
その図像に付与する意味を考え、
それを自分が描く意義のある、
世に「新しいもの」として提示する必要が生じてしまいました。

常に自分を更新していくのは力のいることです。
特に、すでに地位や名声を得ている人にとっては…。

20世紀初頭のフィンランドにおいて、
「女性」という社会的にマイナーな性に属しつつ、
しかし画壇に十分に認められた存在でありながらも、
彼女はその絵画を更新し続けました。

晩年の時期、懇意の画商に、
若い頃の作品を「最解釈」して再度描くよう依頼を受けた
シャルフベックは、喜んでそれを受け入れます。

それは、画家にとっては、
かつてのレアリスム的作品を
構図・形態・色彩といった
純粋に造形的な要素に還元する作業であり、
観る者にとっては、もとの絵の中に隠された
純粋な視覚的な要素が表れる瞬間に立ち会うことでもあります。


晩年のシャルフベック作品において
もう一つ忘れてならないのは、
その画面の変化が、
画家の内面の変化とそれに対する自己観察と
不可分に結びついていることです。

特に彼女の自画像は、
女が、
(当時において、生涯結婚せずに、
一人自立して生きた女が、)
日々自分の内面を観察し続けた
冷徹な記録です。

かつての美しさや活力を失いつつある自分、
「普通なら」持ちうるはずの「女の幸せ」を得ていない自分、
しかし一方で、
自立して生きるだけの能力を持つという自負。

それは、世間的な「幸せ」と自分の心の欲求、
そのほか様々な価値観の間で心を裂かれながら生きる
今の日本の女性にとっても、
どこか共感の持てる姿ではないでしょうか?

グロテスクとも思える彼女の自画像と向き合っていると、
鏡と画面の前で、
自分と対話する彼女自身の心の声が聞こえてくるようです。

Schjerfbeck SelfPortrait en face 1945
《正面を向いた自画像》(1945)
Ateneum Art Museum


***


彼女の才能の豊かさと幅広さに驚くこと間違いなし。

藝大美術館での開催は終わりましたが、
来年初頭まで各都市に巡回します。

この機会にぜひぜひ足をお運びください。


〈ヘレン・シャルフベック〜魂のまなざし展〉
2015年6月2日~7月26日 東京藝術大学大学美術館美術館(開催終了)
2015年8月6日~10月12日 宮城県美術館
2015年10月30日~2016年1月3日 奥田元宋・小由女美術館
2016年1月10日~3月27日 神奈川県立近代美術館・葉山
公式サイトhttp://helene-fin.exhn.jp/


今日はこれぐらいで。
それではまた。



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