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プロフィール

如月東子

Author:如月東子
C’est l’enfance de l’art.へようこそ。
(セ・ランファンス・ドゥ・ラール)

昔から絵を見るのが好きで、美術系の大学に行き「美術史」などを少し勉強しました。

その後、美術とは関係ないお仕事についたけど、美術について、普通の人よりはちょっぴりだけ多く考えてきました(多分)。

そんな私が、これまで美術鑑賞をするなかで気づいたこと・感じたこと・考えてきたことの中には、美術をもっと楽しみたいと思ってる人に、なにかヒントになることがあるかもしれません。

美術鑑賞の記録を中心に、美術館などの紹介や鑑賞の役に立つ情報などを載せていければ、と思います。

皆さんのお役に立てれば幸いです☆

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死者ははたして許してくれているのだろうか?

映画「父と暮らせば」鑑賞
2004 99分
日本
監督 黒木和雄 



オススメ度★★★★★


井上ひさし原作の舞台作品の映画化。

原爆投下から3年、
原爆を経験した23歳の女性が恋をするが、
死んだ者に対する罪悪感から、
なかなか新たな生に踏み出せないでいる。

そこにふと現れた、原爆で死んだはずの父。
父との対話の中から、彼女が喪失感や絶望を乗り越えて、
死んだ者の思いを語り継ぎ、
次世代をつなぐ存在としての
自分の生を肯定するまでの4日間を描く。


舞台での2人芝居をもとにしているが、
映画的なアレンジが効果的に加わっている。


***



「あのときの広島では、
死ぬことが自然で、生きることが不自然」


宮沢りえ演じる美津江のセリフです。


自分よりも幸せになるべきだった優秀な友人が
酷い仕方で死んでしまった・・・。
一緒に逃げた父親を助けられず、
結果的に父親を見捨てて自分だけ生き残った・・・。

彼らを差しおいて、
自分だけ幸せになるわけにはいかない。

大勢の人間が一度に死ぬような
過酷な(原爆)体験を生き延びた人間が
どうしても感じてしまう罪悪感・・・。


だが、それでも、
いやおうなしに自分の生命は続き、生活は続く。

あるいは、厭世的になって、人間と社会をうらんで
暮らすこともできるでしょう。


でも、罪や申し訳なさを感じつつ、
「恋」という、いやがおうにも湧き上がる
生命力ある感情にまっすぐ向き合う時、
彼女の心の中にはなにが起こるのか。


***


もとが役者二人で構成された舞台作品ということで、
まずは、俳優の演技が作品の骨格を作ります。

力強く優しく少しお調子者の父親を
今は亡き原田芳雄
3年経っても原爆の傷を癒すこともせずにいる
素直で純粋な心をもつ、まだ少女のような女性を
宮沢りえが演じています。

双方適役であり、素晴らしい演技でした。
(一方で、別の組み合わせでも観たいです。)


映画化にあたっての改変もあります。
原作では、登場人物は父と娘のみだそうですが、
映画では、三津江が恋する木下という男性が登場。
その男性を演じるのは浅野忠信で、
「風立ちぬ」の堀越二郎メガネをかけた学者です。

さらに、舞台にはない演出として、
原爆投下時の広島の惨状や復興する町の様子が再現されます。
また丸木位里・俊夫妻の絵画によって、
その酷さが象徴的に映像化されています。


舞台をそのまま映画に閉じ込めたようでありながら、
映画でしか出来ない効果的な演出
(回想シーンの映像化や役者の表情の演技も含め)があって、
やっぱり全体としては、
映画として計算され尽くした作品なのだと思います。


もうひとつ印象的なのは音楽です。。
ピアノが、美しくも不協な和音を奏で、
遠くでしたたる水音を聴いているかのような、
不可思議な心象を与えます。

美津江の感情が高まるときも、
非常にセンセイショナルな原爆投下時の様子が語られるときも、
どこかで観る者の完全な感情移入を妨げ、
映像を客観的なものに、
感傷的でないものにしている気がしました。


***


この作品は、
美津江(生者)と父(死者)との対話を通して、
過酷な体験のサバイバーが、
人間的な再生をとげる物語。

生者は、死者の許しを受け、
彼らから「譲られた」生を感謝して受けずには、
新たな生へと踏み出すことはできないのです。



ところどころで胸を打たれ、胸を塞がれ、
最後には心が洗われるような作品でした。
原爆を題材とした映画の傑作の一つだと思います。



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展覧会review 西洋美術館《黄金伝説展》

こんにちは如月東子です。

上野の国立西洋美術館で開催中の
《黄金伝説展〜古代地中海世界の秘宝》の感想です。

モロー


***


「黄金伝説だって〜(笑)」
という通りすがりの女の子の声を背中にききながら、
ギュスターヴ・モローの絵画に誘われて
足を運んだ展覧会。

会期がはじまってすぐに見に行ったせいもあってか
会場は空いていました。

《〜の宝物》《〜の至宝》とかいう展覧会って、
結構人が集まる印象がありますが、
《黄金伝説》って、
キャッチーなような地味なような、
ちょっと微妙なタイトルですよね・・・。

ヘンなタイトルですが、内容はマジメ。
決してお笑いや拝金主義ではありません。
地道に高品質な展覧会をやるのが西洋美術館。


さて、今回の展覧会で取り上げられているのは、
古代地中海世界「黄金」

黒海沿岸の都市ヴァルナの墳墓から発見された
世界最古(紀元前5千年)の金細工からはじまり、
古代ギリシャトラキア(現在のブルガリアあたり)、
そして、エトルリア〜古代ローマ(イタリア半島)までの
さまざまな金製品が地域と時代順に展示されています。

展示総数は、282点。

耳飾りやペンダントなど、
小さい装飾品がほとんどです。


特にヴォリュームがあるのは、
古代ギリシャのパート。

新石器時代末期の女性像からスタートし、
ミノス文明(※1)、ミュケナイ文明(※2)の
幾何学的な文様が印象的ないくつかの飾り板、
そして、いわゆる「ギリシャ美術」と区分される時代の
装飾品が150点以上はあり、
時代ごとの変遷を見てとることができます。

このパートには当時の陶器がいくつか展示されており、
装飾品を身につける女性達の像を見ることができます。

※1 ミノア文明、クレタ文明ともいう。
B.C.30世紀〜B.C.12世紀にクレタ島を中心にさかえた文明。
※2 ミケーネ文明ともいう。
B.C.16世紀〜B.C.11世紀頃ペロポネソス半島で発達した文明。



トラキアのパートでは、
出土した地域からそれぞれ
ヴァルチトラン遺宝」(B.C.14世紀後半〜B.C.13世紀初頭)、
パナギュリシュテ遺宝」(B.C.4世紀〜B.C.3世紀の)と呼ばれる
黄金製品が展示されています。

パナギュリシュテ遺宝が制作されたのは、
ヘレニズム時代。
しかし、ギリシア本土とはまた違った、
どこか過剰でグロテスク(?!)な表現が魅力です。


最後の、エトルリア〜古代ローマでは、
「粒金細工」と呼ばれる、
非常に細かい粒金(0.15mm)を使った技法などに、
古代人がもっていた技術力をみることができます。



【この展覧会の特徴】

「黄金伝説」というタイトルの由来となったのは、
ギリシャ神話のなかの金とかかわりある「伝説」でしょう。

例えば、
金の羊毛をもとめて黒海沿岸の都市コルキスへ船出した
イアソンの物語。

地下室に閉じ込められたダナエと交わるために、
全能神ゼウスが姿を変じた黄金の雨

不和の神によって、
「最も美しい女神に」といって投げ入れられた黄金の林檎
最も美しい女神はだれかという審判をまかされた
トロイアの王子パリスの判断が招いたトロイア戦争。


以上はどれも人気のあるテーマですが、
本展覧会では、金製品の展示のところどころに
これらのテーマを描いた絵画作品が挟まれています。

それによって、
黄金そのものの存在とそれを利用し加工する当時の文化の様相に加え、
黄金から生み出される人間のイマジネーションという、
二つの位相がたち現れてきます。


特にイアソンの伝説は、
古代ギリシャ人にとって、
トラキアが「黄金の国」としてとられられていたであろうこと、
そして、事実、ヴァルナやトラキアの出土品をみれば
それがただの言い伝えではなかった、
ということを示す物語として特に興味深いものです。


この展覧会が、
古代の金の宝飾品の考古学的展示とならなかったのは、
ひとえに絵画による仕掛けがあるからでしょう。


ただし、私が思うに、
そうであるなら、金製品の展示は古代ギリシアとトラキアにとどめ、
金の生み出すフィクションの側面をもっとアピールできるものにしたら、
より展覧会の独自性がでたのではないか、という気がします。

一方で、「古代地中海世界」というくくりもあるので、
その遺産を知るという意味では、
現在の展示も妥当なのかもしれませんが・・・。



【私のみどころ】

今回、特に注目した作品の一点目は、
《環状の女性像》
(B.C.4500年〜B.C.3300年)
(アテネ国立考古学博物館)


この古代ギリシャパート最初を飾る作品には、
度肝を抜かれました。

映像を探したのですが見当たらないので言葉で説明しますが、
次のようなものを思い浮かべて下さい。

栓抜きの、栓を抜く部分がまん丸い形に型抜きされた
うすべったい金の板。
柄の部分が上です。

長さは10cmもない程度。

柄のお尻部分の両端に小さな穴があいています。
さらに、柄の付け根から少し輪っか部分に下がったところに、
2つの小さな出っ張りがあります。

なんのリングだろう?、と思いますが、
これは女性像だというのです。


この抽象性。
キュクラデス石偶をも超えるあまりにシンプルな女性像。


ごくごく小さい作品ですが、
見るときっとあまりの抽象性に驚かれると思います。

そのあとにつづくミュケナイの一連の飾り板の
幾何学的美しさも必見です。


続いては絵画作品から。
グスタフ・クリムト
《第1回ウィーン分離は展ポスター(検閲前)》
(1898 川崎市市民ミュージアム)

(11月25日からは、同タイトルの(検閲後)に展示替えされます。)


色がハデだというわけではありませんが、
目を引くタブローです。

宗教画の背景として多用されていた金は、
ルネサンス以来、絵画の画面から姿を消していましたが、
19世紀末になり、その息を吹き返しました。

クリムトと言えば、金の使い方が印象的な画家ですが、
「伝統」絵画からの「分離」を主張した彼の、
「新しい芸術」を世に問う嚆矢となる作品に、
金への回帰がみられるというのが面白いと思います。


***


「金」というテーマには様々な側面があり、
一つの展覧会で取り扱うには、重いテーマかもしれません。

個人的には、
古代文明の技術の発展の面や各文明間の影響関係などの説明がなく、
物足りない部分もありましたが、
金をきっかけにして、
色々な興味の広がる意義深い展覧会でありました。


R0012496.jpg


国立西洋美術館
黄金伝説展 古代地中海世界の秘宝
2015年10月16日ー2016年1月11日
http://www.nmwa.go.jp/jp/exhibitions/2015gold.html







 
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