FC2ブログ
2018/12
≪11  1  2  3  4  5  6  7  8  9  10  11  12  13  14  15  16  17  18  19  20  21  22  23  24  25  26  27  28  29  30  31   01≫
プロフィール

如月東子

Author:如月東子
C’est l’enfance de l’art.へようこそ。
(セ・ランファンス・ドゥ・ラール)

昔から絵を見るのが好きで、美術系の大学に行き「美術史」などを少し勉強しました。

その後、美術とは関係ないお仕事についたけど、美術について、普通の人よりはちょっぴりだけ多く考えてきました(多分)。

そんな私が、これまで美術鑑賞をするなかで気づいたこと・感じたこと・考えてきたことの中には、美術をもっと楽しみたいと思ってる人に、なにかヒントになることがあるかもしれません。

美術鑑賞の記録を中心に、美術館などの紹介や鑑賞の役に立つ情報などを載せていければ、と思います。

皆さんのお役に立てれば幸いです☆

最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
カテゴリ
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


 
思い出すことはつらく、しかし忘れることはもっとつらい



映画「黄金のアデーレ 名画の帰還」鑑賞

原題 Woman In Gold

2015 アメリカ・イギリス 109分
監督 サイモン・カーティス


オススメ度 ★★★★★(美術史に関心あれば必見!)
エンタメ度 ★★★★☆(訴訟や歴史の話だが、わかりやすい)
芸 術 度 ★★★☆☆(追憶シーンがすばらしい)
完 成 度 ★★★☆☆



300px-Gustav_Klimt_046.jpg


”オーストリアのモナリザ”とすら称されたその絵画を
人は長く、「Woman In Gold(黄金の女性)」と呼んできました。

肖像画であるにも関わらず、
リザ・デル・ジョコンダのようにその名で呼ばれることもなく、
その名は忘れられてきました。


歴史のある時点で、彼女から剥奪された名前。

クリムトの前でポーズをとったその人の名は、
アデーレ・ブロッホ=バウアーといいました。


夫であるフェルディナント・ブロッホ=バウアーは、
ユダヤ人の実業家で、クリムトをはじめとする芸術家のパトロン。
アデーレは、ウィーンの芸術家サロンの女主人でもありました。

この裕福なユダヤ人の一族の運命が一転したのは、
1938年、ナチスによるオーストリア併合(アンシュルス)後のこと。

ユダヤ人迫害がはじまると、他のユダヤ人所有の財産と同様、
この絵もナチスによって没収されてしまいます。

この絵は、ナチス高官の手にわたったとされますが、
その際に、ユダヤ人をモデルにしていたということを隠すために、
ただ、「黄金の女性」と呼ばれるようになったのだとか。


戦後、この絵画は、オーストリア国の所有となります。
その根拠は、「アデーレの遺言」に基づくとされていました。
1925年に亡くなった彼女は、遺言に、
自分の死後は、本作品をオーストリア国に寄贈したいと書いていた、
というのです。


この映画は、アデーレの姪、
マリーア・アルトマン(Maria Altmann 1916 – 2011) が、
姉の死をきっかけに、
かつておじの財産だった絵画の所有権を確認しようとしたところから
話がはじまります。

折しも、オーストリアでは、1998年に、
ナチスによってユダヤ人から没収された芸術作品の返還法が
成立していました。

まだ駆け出しの弁護士とともに、
オーストリア政府との交渉にのぞむマリーア。

彼女はそのときすでに80歳を超えていました・・・。


***


以上のように、この映画は、
「アルトマン夫人vsオーストリア政府の訴訟」を筋書きとしており、
その部分だけでも、
本当に守るべき「国の誇り」とはなにかを問う、十分面白い映画です。

しかし、この映画が人を感動させるのは、
この映画の核心が違うところにあるからではないでしょうか?


私は、この映画は、
戦争を生き残った者の記憶をテーマにしているように思えます。

事実、映画の中でも、追想をめぐる場面がもっとも美しく、
そして、もっとも印象的です。


アルトマン夫人は、ナチス占領下のウィーンから亡命し、
アメリカに渡りました。
そしてその後、戦争がおわってから、
80歳をすぎるまで、一度も祖国にもどったことはありませんでした。

しかし、政府との交渉のために、彼女がはじめて祖国にもどり、
かつて歩いた通りを踏みしめ、かつて我が家であった建物を眺めた時、
一瞬にして、
戦争前の幸せな生活が手に取るように鮮やかによみがえってきます。


彼女の記憶は凍結されていたのです。


踏み出す一歩ごとに、見るものに触発されて、次々に展開される記憶。
場所にまつわる記憶の再現がとても印象的です。


まだ、マリーアが小さく、アデーレが生きていたころの、
ウィーンの芸術サロンの様子。
美しくも悲しげな叔母アデーレとの思い出。
戦争の暗雲を感じさせつつも幸福の絶頂だったマリーアの結婚パーティ…。


ブルジョワジーの富と洗練の極地でもあった
ブロッホ=バウアー家の華麗さの表現は、
特に、目を見張るものがあります。



フラストレーションがたまるオーストリア政府との交渉のさなか、
そしてそれに続く訴訟の間も、
マリーアの記憶は、歴史の順を追って進みます。

ナチスの侵攻と激しくなるユダヤ人差別への恐怖。
おそろしい逃亡の顛末・・・。

もともと彼女をとりまいていた
豊かで、知的で、文化的教養に満ちた世界が急激に変化し、
あらゆるものが剥奪されてしまった。


話が進むにつれて、
亡命以降、彼女がしまい込んでいたものが
徐々に徐々にたぐり出されてきます。


思い出すにはあまりにつらい思い出が、
しかし、忘れてしまうにはあまりに愛しいものと固く結びついている。


困難な訴訟の帰趨に関心がいきがちですが、
この映画は、ひとりの戦争生存者が、
心の深層に、より深くにしまい込んでいたものにたどり着き、
死者たちに、自分が生き残ったことの許しを請う、という
過酷な追想の記録でもあるのです。


映画の最後のシーン。
ありえなかった、そうであって欲しかった美しい光景で映画は終わります。

マリーアが死ぬ直前には、
この映画の最後のような幸福な追想が訪れたでしょうか・・・?
そうであってくれたらと思わざるを得ません。



***


アルトマン夫人を、
非情な歴史を生きぬきながらも、オシャレで、ウィットにとむ、
矜持ある女性として演じたヘレン・ミレンもすばらしいですが、
若手弁護士を演じるライアン・レイノルズのボンクラ顔もよかったです。
(でも本来は、もっとイケメン俳優っぽいですね。)


作品のプロブナンス(来歴)をめぐる物語そのものが
映画になったという点でもユニークな作品です。



なお、本映画の題材となったアデーレの肖像は、
現在、ニューヨークのノイエ・ガレリアの所蔵となって、
一般公開されています。

http://www.neuegalerie.org/home




スポンサーサイト


 
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。