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プロフィール

如月東子

Author:如月東子
C’est l’enfance de l’art.へようこそ。
(セ・ランファンス・ドゥ・ラール)

昔から絵を見るのが好きで、美術系の大学に行き「美術史」などを少し勉強しました。

その後、美術とは関係ないお仕事についたけど、美術について、普通の人よりはちょっぴりだけ多く考えてきました(多分)。

そんな私が、これまで美術鑑賞をするなかで気づいたこと・感じたこと・考えてきたことの中には、美術をもっと楽しみたいと思ってる人に、なにかヒントになることがあるかもしれません。

美術鑑賞の記録を中心に、美術館などの紹介や鑑賞の役に立つ情報などを載せていければ、と思います。

皆さんのお役に立てれば幸いです☆

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映画「ヴィヴィアン・マイヤーを探して」鑑賞

原題 FINDING VIVIAN MAIER

2013年 アメリカ  83分
監督 ジョン・マルーフ、チャーリー・シスケル


オススメ度 ★★★★★(あの写真を大写しで見られるだけでも価値あり)
エンタメ度 ★★★☆☆(ある意味スリリング)
芸 術 度 ★★★★☆(ハッとする写真たちを堪能)
完 成 度 ★★★☆☆


***




これは、1926年に生まれ、2009年に亡くなった
ある無名の写真家に迫るドキュメンタリー映画。

ヴィヴィアン・マイヤーという希代の才能をもつ女性が、
住み込みナニーをしながら、
10万枚以上の写真を撮りつづけていたのだ。
公には一度も発表することなく・・・。

彼女の写真が、ネガフィルム(negatives)から現像され、
世間の注目をあつめたのは、彼女の死後。

2007年に、
今回の映画の監督の一人であるジョン・マルーフが、
自分の家の近所のオークションで、
ヴィヴィアンのネガフィルムを大量に落札したのがことの発端。

マルーフがこの魅力あるネガの作者を
本格的に探しはじめたのは、その2年後。

彼がヴィヴィアンの消息をとらえたそのとき、
すでにヴィヴィアンは世を去っていた。
しかも、ほんの少し前に・・・。


***


この映画は、マルーフが、
ヴィヴィアンの人生と関わりのあった
100人余りの人に会って聞き取りをし、
過去の国勢調査や家系探索の専門家を使って、
ミステリアスウーマン(自称)=ヴィヴィアンを
finding(探して、見つける。発見する。)する物語である。


ヴィヴィアンにはまるで身寄りがなかった。
非常な秘密主義者で友人もいなかった。

この謎の写真家がどんな人間だったのか・・・?
彼女の作品はどうやって生まれたのか・・・?

発見者マルーフの徹底したリサーチぶりは
この映画の見どころでもある。


***


マルーフを駆り立てるものは、
ひとつには彼女の写真の魅力だが、
もうひとつは、
彼女の才能とその貧しい人生とのギャップなのだろう。

だれでも疑問に思うのは、
なぜ彼女は一度も自分の写真を発表することをしなかったのか、
ということだ。

あれだけの才能があり、
多分、自分でもそのことは分かっていたはずだが、
なぜ彼女は写真を発表しなかったのか?

・・・その理由はわからない。

映画の中でマルーフは、その一つの要因として、
彼女に自分で現像する技術がなかったからではないか、
と推測している。
理想的な現像の技術者を求めていたことは分かっているが、
もしかしたら、コンスタントにそれを依頼するだけの
お金がなかったのかもしれない。

だが、映画を見ての私の想像にすぎないが、
きっと彼女には恐れがあったのだろうと思う。
強い強い怖れが。

彼女が同じだけの才能のある男性だったら、
間違いなく世にうって出ただろうと思う。
・・・しかし、彼女は女性だった。

いくつかの証言があるように、
ヴィヴィアンには男性嫌悪(あるいは恐怖)があった。
(過去にトラウマ的出来事があったらしい)

女性が、・・・というより、
「ある人」が社会にうってでて社会の注目を集めようとするとき、
その人は、社会の中枢を占め、
経済活動のマジョリティを形成する男性たちと
何らかの関わりを持たざるを得ない。
まずは彼らのジャッジに耐えなければならない。

性的な偏見もまだまだ強い中で、
それは公正な審判となっただろうか?

そもそも、芸術家にとって
良しにつけ悪しきにつけ「評価」を受けることは、
(創作の根源を規定するものではないにせよ、)
ものぐるおしいものである。

それでも、己の中のある確信をもって
自分の作品を世に問うのが「芸術家(近代的な)」なのだからこそ、
私たちにはヴィヴィアンの行動が不可解に感じられるのだが、
逆にいえば、ヴィヴィアンの恐怖は、
それ以上のよほど強いものだったのだとも考えられる。

それに加えて、聡明な彼女は、
自分の貧しい身分やエキセントリックな性格を十分自覚していただろう。
物見高く表面的な世間一般の判断基準も身にしみて分かっていただろう。

彼女はどうしてもそういう場に足を踏み出すことができなかった。

ときに偽名を使い、「私はスパイなの」と言っていた彼女。
だれにも正体をつかませたくない、というのは、
根本的に自分自身を肯定することができない人間がすることだ。

とうてい「マス」の中に自分をさらすことなどできない。



***


ともかくもヴィヴィアンは、その優れた才能を
社会的な関係と結びつけることが出来なかった。

彼女はそのまま亡くなってしまったけれど、
死後、彼女の心は掬い(救い)とられた(かもしれない)。

この映画の一番救われるところだ。

ヴィヴィアンの写真を解説するのは、
ジョエル・マイロウィッツ(Joel Meyerowitz)という写真家。
ヴィヴィアンと同じ「ストリート・フォトグラファー」の一人。

ヴィヴィアンの写真について、
深く理解し、的確に語るマイロウィッツの言葉。

正確には覚えていないが、彼はこのようなことを言う。

写真には、それを撮った写真家が、
映っている人間をどのようにとらえたか、どのように理解したかが写る。
ヴィヴィアンの写真には、人に対する思いやりが感じられる



ヴィヴィアンは当時の社会としては相当変わった女性だった。

政治的問題に興味を持つ一方、
猟奇的な事件に強い関心を持っていて熱心にスクラップした。

自分の殻に閉じこもり、
人にあわせて生きることができなかった。
場合によっては、ナニーという立場を利用して、
子供に対してひどいことをする人間でもあった。

でも、彼女が片時も離さなかったカメラから生みだされた写真は、
彼女のいびつさではなく、
彼女の人間と社会に対する深い理解を映し出していた。


作品が、芸術家のパーソナリティと
どれだけの関連性をもっているものなのか、
正直、私にはわからない。

「優しい」絵を描く人が優しく、
「崇高な」絵を描く人が崇高な人格を持っているのか、
私は知らない。

だが、社会のほとんど底辺で、
心に苦しみをもって生きたヴィヴィアンの見た・感じたなにかが、
彼女しかもたない特別なアート(技)をもって表現されたとき、
それは人の心をうつ普遍的ななにかであった。

この映画は、「芸術」の
そういう不思議な本質をかいまみせてくれる。


***


この映画にちょっとした難癖をつけるなら、
発見者マルーフの「プロモーション(販促)」的な部分が、
ちょっと鼻につくときがあること。
なまなましい野心が出過ぎているというか。
もちろん彼の功績はすごいし、
ヴィヴィアンを認めようとしない
エスタブリッシュに対する反感はわかるのだけど・・・。


この映画が製作されたのは、2013年ということなので、
その間にヴィヴィアンの研究も大分進んでいるもよう。

20世紀アメリカのアートを考える上で、
非常に面白い(interesting)人物発見の映画。
とても意義ある作品だと思う。


公式HP
http://vivianmaier-movie.com/

マルーフが運営する下記サイトにヴィヴィアンの略歴などあり。
PORTFOLIOSから作品が多数みられます。
http://www.vivianmaier.com/



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