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プロフィール

如月東子

Author:如月東子
C’est l’enfance de l’art.へようこそ。
(セ・ランファンス・ドゥ・ラール)

昔から絵を見るのが好きで、美術系の大学に行き「美術史」などを少し勉強しました。

その後、美術とは関係ないお仕事についたけど、美術について、普通の人よりはちょっぴりだけ多く考えてきました(多分)。

そんな私が、これまで美術鑑賞をするなかで気づいたこと・感じたこと・考えてきたことの中には、美術をもっと楽しみたいと思ってる人に、なにかヒントになることがあるかもしれません。

美術鑑賞の記録を中心に、美術館などの紹介や鑑賞の役に立つ情報などを載せていければ、と思います。

皆さんのお役に立てれば幸いです☆

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「風景」からみえるもの(その1)〜〈風景画の誕生〉展

こんにちは如月東子です。
今日は、渋谷はBunkamura ザ・ミュージアムで開催中の
〈風景画の誕生〉展の感想です。


こちらは「風景画(landscape painting)」の誕生と発展
をテーマにした展覧会。

ウィーン美術史美術館所蔵作品の中から選ばれた
1500年頃から18世紀初頭ぐらいまでの作品を通して、
西洋における「独立した風景」誕生の過程を追う、
興味深い展覧会になっています。


***


西洋の「風景画」は、
一見したときの美しさや分かり易さで、
日本人にも「なじみ深い」と思われている分野です。

特に、色彩的にも鮮やかな
印象派(19世紀後半)以降の風景画は人気が高いもので、
そのイメージを思い起こす人も多いかもしれません。

あるいは、
ターナーのダイナミックな情景、
コンスタブルののどかな郊外の景色…、
「風景画家」として名高い人たちが描いた
様々な画面が頭をよぎるかもしれません。


しかし、今回Bunkamuraにきているのは
そういう絵画ではありません・・・。

褐色に覆われた海景や、
妙に青々とした深い森、
急流ながれる山岳に、さみしい荒野。

小さく人物がいる場合が多いけれど、
なにをしているのかよくわからない。

しかも、東洋の伝統にある「山水画」のように
深遠な雰囲気があるというわけでもなく、
「花鳥画」のように華やかでもない。


17世紀オランダで登場したといわれる
独立した「風景画」はなんだか地味。
その成立過程で示される作品たちも
ちょっと小難しい「宗教画」。


初期の「風景画」はどことなくピンと来ない。
どこをどう見たらいいかよくわからない…。


今回の展覧会を一見しただけだと、
そんな気がする人も多いのではないでしょうか。

でも、ピンと来ない、ということは、
そこに今とは違う感性が潜んでいる、ということに
ほかなりません。


ルネッサンスの模索の時期を経て、
風景画というジャンルが確立する17世紀に至まで、
伝統の形式を受け継ぎながら、
しかし、現代まで続く、
新しい自然への眼差しが胎動しているのを、
まさにこの展覧会でみることができるのです。


展覧会の構成は次のようになっています。

第1章 風景画の誕生
 -第1節 聖書および神話を主題とした作品に現れる風景
 -第2節 1年12ヶ月の月暦画中に現れる風景
 参考 時禱書と月暦画の世界
 (木島俊介氏所有のファクシミリ版の展示) 
 -第3節 牧歌を主題とした作品中に現れる風景
第2章 風景画の展開
 -第1節 自立的な風景画 
 -第2節 都市景観としての風景画


「風景画」、
すなわち「風景そのものが画題になった絵画(タブロー)」は、
西洋においては、17世紀にならないと誕生しなかった、
と言われます。
(もちろん素描にはたくさん描かれていますが)

でもだからといって、それ以前に「風景」がタブローに
描かれなかったかというと、そんなことはありません。

人物達が織りなす物語の背景として、
多くの場合、豊かな風景が描かれているのです。


西洋絵画の「風景」表現の流れを少し補いながら、
2回にわけて展覧会のみどころを考えてみたいと思います。



【16世紀まで〜背景としての風景】

16世紀当時に描かれうる画題であった
聖書や神話の物語、聖母子や聖人、
あるいは肖像画の背景として考えうるのは、
 ①無地(黒やグレーが多い。15世紀以前は主に金地)
 ②建物内部
 ③風景
のパターンがありますが、
15世紀以降、③風景が断然増えてくるように思います。


展覧会の冒頭にあるのは、今回の最も古い作例、
1500年頃にイタリアで描かれた聖母子像です。

mainardi(帰属)聖母子
バスティアーノ・マイナルディに帰属
《二人の天使のいる聖母子》(1500年頃)


「授乳の聖母」の後ろの窓枠からは、
囲われた家の庭とその向こうに広がる
景色が見えます。

川があり、建物があり、山があります。
次第に遠ざかる光景は、緑から青へと移ろいます。

遠景にいくにしたがって色が青っぽくみえるという、
いわゆる「空気遠近法」を利用した描き方ですが、
このような風景描写は1400年代の前半に
ネーデルラント地方(現在のベルギーあたり)で生まれ、
15世紀中にイタリアでも普及した様式です。

(ところで、よく
「空気遠近法はレオナルド・ダ・ヴィンチが発明した」と言われますが
(あるいは理論的に書き記したのは彼が初めかもしれませんが)、
実際には、それ以前の画家がずっと前から画面に定着させ、
レオナルドも当初、それを踏襲していたように思います。
cf.レオナルド《受胎告知》ウフィツィ美術館)



ヤン・ファン・エイクを代表とするネーデルラントの画家は、
1420年頃から、板絵の上に、
突然驚くような自然描写を展開させました。

ルネサンスの本場とされる
15世紀初期のイタリアの絵画の風景は書き割り的で、
現在の目からみるとどうにも不自然です。

giottoエジプト逃避
ジョット《スクロヴェーニ礼拝堂壁画》

masaccio楽園追放
マザッチョ《ブランカッチ礼拝堂》


(風景に限りませんが)ネーデルラントの驚異的描写力は、
本展覧会の監修者木島俊介氏が指摘するように、
フランス・ネーデルラントに花開いた
時禱書や月暦画といった
写本芸術によって発展してきた方法なのでしょうが、
それはともかくも、ヤン・ファン・エイク
ロヒール・ファン・デル・ウェイデン
その次の世代のメムリンクといった画家の作品の背景には、
すでに様々な風景表現の萌芽がつまっています。

都市のパノラマ
eyckロランの聖母
Jan van Eyck
《The Virgin of Chancellor Rolin》(1435)
Musée du Louvre, Paris

緑あふれる丘陵
eyck子羊の礼拝
Jan van Eyck
《The Ghent Altarpiece: Adoration of the Lamb》(1425-29)
Cathedral of St Bavo, Ghent

荒々しい山岳地帯
eyckフランチェスコ
Jan van Eyck
《Stigmatization of St Francis》(1428-29)
Museum of Art, Philadelphia

荒野的前景
ロヒールentombment
Rogier van der Weyden
《Entombment of Christ》(1450)
Galleria degli Uffizi, Florence

穏やかな田園 
memling玉座の聖母子 memlingコインを持つ肖像画
Hans Memling
左《Madonna Enthroned with Child and Two Angels》(1490-91)
Galleria degli Uffizi, Florence》
右《Portrait of a Man with a Roman Coin》(1480 or later)
Koninklijk Museum voor Schone Kunsten, Antwerp

初期ネーデルラント絵画において、
画面全体に占める風景の割合はさほど大きくはありませんが、
その描写は細かく、
そのリアルさはすでに完成の域に達しているようです。


まずはここを出発点として、
その後、物語背景の「風景」が
どのように描かれるようになってきたか。
それを追ってみると、
その後の変化がわかりやすくなるような気がします。

まず、初期ネーデルラントの風景は、
緻密で、万遍なく手抜きがありません。
また、あくまで物語や聖人が画面の中心を占めています。


この伝統を引き継ぎながらも、
むしろ風景が主体であるような、
そんな印象を与える作品が登場しました。

風景画史に足跡を残すヨアヒム・パティニールです。

今回展覧会にきているのは、
《聖カタリナの車輪の奇跡》と言う作品。
patinirカタリナの奇跡

右手前の岩山を中心に、
遠い海景を含む広い範囲をパノラマ的に描いています。
主題となる聖カタリナの殉教物語は、
非常に劇的に描かれてはいますが、
風景全体の中ではごく小さく、
見る人の目はむしろ、
その背後に広がる港や城、遠い水平線に吸い込まれて行きます。


さて、ここまでの風景はどこかパノラマ的で、
人間が遠くから俯瞰している感じが強くあります。

でも、16世紀も半ばに生まれた
ヤン・ブリューゲル(父)の作品では、
自然はずっと身近になります。
特に、そこに身を置く人物達を内包する森林の表現は、
初期ネーデルラント絵画にはなかったものです。

《キリストの誘惑》は、
聖書にあるような荒野の風景ではありません。

janbrueghel1キリストの誘惑

様々な動植物が息づく深い森の中。
悪魔がキリストを誘惑しているのですが、
2人の間にはどこかしら親密さすら感じさせます。
不思議な絵です。


なお、今回作品はきていませんが、
この時期、ドイツで活躍した
アルブレヒト・アルトドルファーといった
「ドナウ派」も「風景画」の起源のひとつとされています。

altdorfer聖ゲオルゲ
Albrecht Altdorfer
《Saint George in the Forest》(1510)
Alte Pinakothek, Munich


さらにバロックに入ると、
「日常」が絵画の中に侵入し始めます。
卑俗な題材が、リアリティのある筆致で描き出されるようになるのです。

今回連作がきているレアンドロ・バッサーノが描く月暦画では、
自然の風景は、庶民が労働し生活する場そのものとなっています。


一方で、「理想的な風景」としての
牧歌的風景というものも登場します。

キリスト教の「楽園」のイメージと
古典古代(ギリシア・ローマ)の牧歌詩のイメージが
様々な光景を生み出しました。


偉大な風景画家のひとりとして数えられる
クロード・ロランなどは、
このジャンルを確立した画家の一人でしょう。

面白いのは、古典古代への憧れが、
「廃墟」のある光景をありがたがったことです。

rollainアポロン
Claude Lorrain
《Landscape with Apollo and the Cumaean Sibyl》(1645-49)
The Hermitage, St. Petersburg

それぞれの時代の人が
「理想郷」をどんな場所と考えていたのか、
「風景画」の中にはそんな願望も隠れています。



こうして時代を追ってみると、
初期ネーデルラントの中に萌芽していたさまざまな風景要素が、
時代を経るにしたがって
大きくなり、豊かになり、自然さを増していく、
そういう過程が見てとれるのではないでしょうか。


次回は独立した風景画についてみていきます。


Bunkamura ザ・ミュージアム
〈風景画の誕生〉展
2015年9月9日−12月7日
http://www.bunkamura.co.jp/museum/exhibition/15_wien/index.html
2015年12月19日~2016年3月21日 静岡県美術館
2016年4月2日~6月12日 石橋美術館



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